シンポジウム

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2020年(令和2年)1月31日

酪農現場のリスク管理を考える-気候変動に備える-

意見交換

講演者

志田 昌之 氏(一社)日本気象予報士会北海道支部副支部長 気象予報士

佐藤 尚親 氏雪印種苗(株)営業本部トータルサポート室主査

伊藤 正英 氏JA東宗谷営農サポート考査役

座長

佐々木 理順雪印メグミルク株式会社 酪農総合研究所 担当部長

酒谷 周平雪印メグミルク株式会社 酪農総合研究所

座長

昨今、地球温暖化の影響と考えられる気候変動が世界各地で起きており、それは我が国も例外ではなく、過去に無い集中豪雨による災害が毎年各地で発生するようになった。本来、日本人は気候風土(四季の変化)の活用と調和によって農業を発展させてきた。しかし、異常気象や急激な気候変動は脅威をもたらし、我々酪農生産現場にも様々な影響を及ぼしている。
 気象条件に大きく依存する自給飼料生産では、災害リスクだけでなく、気温・日照時間・降水量の変化が生育・生理に及ぼす一次的(直接的)影響、それによる病虫害拡大のような二次的(間接的)な影響が懸念される。
 その影響や程度を的確に予測することは難しいが、長期的な自給飼料生産の方向性や短期的な気象変動への対応の検討を行ない、先手を打っていくことが重要である。自然に抗うことはできないが、自然に対する畏怖の念を忘れずにリスクを回避し、自然の恩恵を維持していくことが酪農の持続的な発展に結びつくものと考える。
 今回「気候変動の実態と将来」、「気候変動の自給飼料への影響と対応」、「気象データの高度な活用」について話題提供をしていただいた。これから、更に理解を深め、『気候変動に対応する自給飼料確保』によって今後の酪農経営向上への一助としていただくことを目的に、皆様との意見交換を進めて参りたいと思う。
 限られた時間だが、ご闊達なご質疑を宜しくお願いする。
 進め方については、まず講演をいただいた先生方から、それぞれの講演内容についてのアピールポイントを示していただき、内容整理の上、質問・意見をいただく、というように進めさせて頂きたい。

 まず志田先生からは、北海道におけるこれまでの気象の変化、将来予測と影響リスクについて説明をいただいた。精度の高まっている気象情報の活用方法についても示された。

志田先生

地球温暖化については、若い頃は「暖かくなるなら良いのでは?」と思っていた程度だった。気象庁に入った後、情報を入手、世界中の研究成果を解釈する立場になる中で、コンピューターでのシミュレーションが、当たるのか?大丈夫なのか?という疑問を持った。
 専門家がやっていることは、過去100年のデータをコンピュータープログラムで再解析して、その結果が過去100年間の気温上昇を概ね表現していれば、そのプログラムでの将来予測も良しと判断するということ。気象を左右する分かり得る過去のデータを100年分投入し気候変化を再現する時、その過程には当然温室効果ガスの増加が含まれている。ところが、温室効果ガスが増えないと仮定した場合は、現在までの温度上昇を再現することはできない。温暖化の予測はここがスタートである。これまでの温度上昇を再現できるプログラムを使って今後100年間はどうなるだろうと考えている。世界中の専門家がスパコンを使ってやっているので、私は今後も間違いなく温暖化が進むと思っている。
 明日、明後日の天気予報は全く別の世界である。精度は上がっているものの、詳しい風の予想、空気中の水蒸気の量など全てを観測することは不可能。観測技術とコンピューターの計算精度の両方が少しずつ良くなっているので、天気予報の精度は少しずつ良くなり続けるだろうと思う。皆さんにはそのような内容を理解した上で使ってもらいたいし、疑問に思ったら遠慮せず気象台などに問い合わせていただきたい。

座長

次に佐藤先生からは、自給飼料生産現場における気候変動による影響と対応策について、具体的・類型的に説明があった。その上で我々が現場で取り組むべきことを示してもらった。

佐藤先生

私が言いたかったことは配布資料の28ページのまとめ(講演要旨のまとめ)に集約されている。相手が気象であるため、今日話をしたひとつひとつの対応策だけでは回避できたり、解決はしない。経営の中で全ての対応策はできない。そこで、やれる範囲でやれることをやる、一つで解決できなければ複数の保険をかけるということが必要。分かりやすい例が、配布資料33ページのガリの放置による農地(草地)の損失(スライド「ガリの放置による農地(草地)の損失」)。放置して浸食崖になってしまったら、それを直すのにいくら土木費用がかかるか分からない。小さな小川レベル程度の早い段階であれば、ディスクをかけて草を生やしておく段階であればコストは計算できるレベルである。どうにもならない状態になって対処するのではなく、発生始めの頃に想定した対処をしておくことが必要。今日の話の中には多くの技術パーツがあるが、全部話した訳でもない。それぞれの酪農家の地盤や持っている土地で条件が変わるので、それぞれにどれができるかをチョイスして早めに対処すれば、激甚災害は別として、少しでも回避できるのではないかと思っている。

座長

最後に伊藤先生からは、我々が欲しいローカルでタイムリーな気象データが民間の情報サービスを使い入手し活用できるようになったが、その課題の一端と将来の可能性について、特に道内各地で悩まされている“海霧(ジリ)”の予報について、取り組みを紹介していただいた。

伊藤先生

天気予報が当たるか当たらないかというのも大事だが、佐藤先生がおっしゃったように対処方法をどうするかが重要。我々は予報会社に様々なデータを送っている。例えば収穫終了時に空の写真を送るとか様々な情報を送って協力関係を作ってなければデータの有効利用もできないと思う。気象データをダウンロードしても数字だけ見ていては何も見えてこない。分析や見やすいようにしていけば良い予報ができるのではないかと思っている。佐藤先生の話しを聞いて「自分たちの畑をいつも見に来ているのではないか?」と思うほどであった。身近にこのような考え方を持った方がいることが宝だと思った。

座長

以上 先生方の話を踏まえて質疑に参加願いたい。会場からの質問があるので質疑に入る。

志田先生への質問

質問

今後、AI技術等で予報の精度はどのように変わっていくか。今よりも早めに予報の精度は上がってくるのか。

回答

AIについて詳しくはないが、聞くところによると、AIを取り込んで天気予報をしようとか、様々なデータを、AIを駆使して予報の精度向上につなげようとすることは、一部で取り組みが始まっている。予報官に代わってAIが予報を行うか?ということについては、そういうことを考えている人も中にはいると思うが、すぐに取って代わることはない。“早め早め”ということについては、今、気象庁では1週間先の天気予報をしているが、それは精度を維持するためであり、あくまでも信頼度の問題なので、今後、精度が上がってくれば10日先までの情報は出せる。
 “早め早め”の対応というのは自分自身の判断だと思う。普段から天気予報を利用していて自分の財産を守るために最低限やることや、何かあった場合に動けるように準備しておくといったようなことは自分自身の判断だと思う。

質問表の中には台風情報の精度についての質問があったと思う。現在、台風は5日先まで予想しているが、徐々に誤差が少なくなり、一昨年では24時間後の台風中心の予想誤差は100㎞未満となっている。2日先では100㎞超、3日先では200㎞程度の誤差になる。誤差を少なくしようと努力はしているものの、これだけの誤差は仕方がない。台風の進路予想の誤差は気象庁HPにも掲載されておりグラフで見ることができる。

座長

精度は確実に上がってきているが、情報をどのように解釈するかについて、我々も勉強しながら情報の中味を捉えていく必要があるということだと思う、ということで良いか。

回答

僭越だが、利用者にも理解を求めたい。分かりやすく伝えるというのが本望だが、利用者も疑問を持って質問してもらうようにして利用者と提供者が信頼できて心が通い合うようにしていくと、より上手に利用できるようになると思っている。

質問

次の質問に移る。資料21ページ(スライド「2019年8月31日15:00~2019年8月31日17:20」)にある、去年夏の岩見沢や三笠で発生した局地的大雨の件で、この気圧配置と原因を教えてください。

回答

この時は北海道の上空に明瞭な低気圧があるのではなく、気圧の谷(低気圧)が北海道の北西側(日本海側)にある気圧配置だったと記憶している。そこに南西側から暖かい空気が流れ込んだ。「暖かく湿った水蒸気が流れ込む」、「上空に寒気を伴う低気圧」、「そのため大気の状態が不安定になる」という3つの要素が重なり、岩見沢や三笠の辺りで空気が集まりやすかったためと考えられる。大雨についてある程度予想はできるが、あれだけの雨が事前に何時間降るかというような予測はまだ難しい。あの辺りに雨が降るという予想は数時間前には予想していたが、それが警報クラスになるのかどうかというのはかなり難しかったと思われる。

質問

志田先生に最後の質問。牛が排出するメタンガスによる温暖化への影響はどの程度あるか。

回答

専門的で難しい質問である。知っている範囲でお答えする。メタンガスはCO2に比べはるかに温室効果の強いガスである。ただ、温室効果ガス全体に対する地球を暖める効果はCO2に比べるとまだ少ない。これから温暖化が進んでいき、特に北半球の高緯度で永久凍土や積雪が解けたりすると、いままで地中に留まっていたメタンガスが空中に放出され、それによって一段と温室効果が強まるのではないかと言われている。

座長

非常に大きな話である。最近、某コーヒーショップが温暖化と係わりを持たせて、牛乳乳製品に代わり植物由来の物を使うことを表明されたことで畜産業界は辛いが、消費者の方々にも誤解の無いようにご理解をいただきたいと思う。

佐藤先生への質問

質問

土壌流亡に関する質問。流亡した際には、マニュアスプレッターで堆肥を撒いて播種するとおっしゃったが、土地の傾斜が強くマニュアスプレッターが上がっていけない所ではどう対処したら良いか。その時の播種量やお勧めの草種があったら教えてほしい。

回答

浮き上がった有機物の少ない所と近隣の草が生えている所とを混ぜて、軽く表層攪拌して砂だけではない状態にして播種して鎮圧する。播種量は草地更新同様2kg/10a程度で良い。

質問

飼料用トウモロコシで、リスクヘッジのために特性の異なる品種を同じ圃場に混播すると良い、と言われた。熟期(RM)が同じであればメーカーが違っても登熟の程度は揃うのか。熟期が揃わないと刈り取りの際に困ると感じた。

回答

各社で出されているカタログの熟期(RM)は育成地のRMを使っている場合が多いので、それぞれ違いがある。北海道優良品種に関しては道総研が条件を揃えた“北海道統一RM”を計算して出している。それを使うと大きく狂うことはないと思うが、それでも開花期が少しずれたりする。しかし決してマイナスではなく、同じRMのものを使っても微妙に開花期がずれるので、開花期の際、海霧になると花粉が爆発して受粉が悪くなったりするが、開花期が微妙にずれていることによって受粉機会が増えるのでリスクヘッジしていると言える。メーカーが違う場合も統一RMを使って揃えた方が良いが、RMを同じくしておけば何とか出来上がっている事例はある。現在取り組んでいる「経営実証農家」でも2社2品種で取り組んでいるし、阿寒では4品種播種して正常に出来上がっているので、あまり心配は無いと考えている。それでも揃えることができるなら、その方が良い。

伊藤先生への質問

質問

エバーグリーンでは「ハレックス」の気象データサービスを使っているが、これは個々の酪農家が入れられるようなコストなのか。先ほど話のあったレーダーは3,000万円ということだったが…、「ハレックス」以外の金額を紹介してほしい。

回答

12,000円/月だったと思う。そんなに高くはない。

座長

今日の講演を聞いている参加者の中にも、地域で活用できるようなデータが手に入ったら良いと思っている方々が多いように思う。組織的にやるのが良いのか、個々の酪農家が手に入れることができるコストなのか、というような点を聞きたいと思う。

回答

コストをかけて良いかどうかは私には分からない。皆さんそれぞれに信じている天気予報会社があると思うので何とも言えない。「ハレックス」とお付き合いしているのは、いろいろな情報をもらえ、教えてもらえるので大事にしている。

質問

酪農家個人で入るより、人数が多い方が良いのか。例えばTMRセンター単位や農協単位でデータ活用したほうが、意思統一・意思決定しやすいと思うが。どのように思うか。

回答

私のいる農協では個人にタブレットを配布している。気候の情報をタブレットに載せることを考えたこともあるが、良いのかどうかは分からない。

質問

浜頓別エバーグリーンでは500筆に及ぶ圃場管理をTMRセンターが一括管理されているので、播種時期や収穫時期を分散させる等の取り組みをされていると思う。リスクヘッジに通じるような取り組みがあれば紹介してほしい。

回答

リスクヘッジとして、播種では多草種混播。最近、OG(オーチャードグラス)とTY(チモシー)を混播すれば良いという方々がいるが疑問に思っている。エバーグリーンではやっていないが、再編整備事業をやっている組合員の中にはいろいろ混ぜて播種している方がいる。浜頓別は泥炭地が多いので、雨が降ると畑に機械が入れない状況がある。したがって、排水性やいろいろなことを考えて、一番作業性の良いところに一番良いものを作付けし、作業性が悪い所では敷料を作ったりしている。そこではRCG(リードカナリーグラス)が良い。
最近は、イグサとヒエが非常に多く発生するようになり、その対応に困っている状況。

座長

それでは佐藤先生からアドバイスをお願いする。

回答(佐藤)

浜頓別の泥炭地については理解している。そこで一番良い草種がRCGであることも知っている。ただし、イグサとなると話は違う。鶴居で似たような畑を直したことがあるが、防除にはIR(イタリアンライグラス)を使った。牧草の中で水に一番強いのがIRで、IRを使った混播を試すよう話をさせて頂いたところ。

会場からの質問

座長

気象に係る、地域での課題や悩みについて、会場の中で質問はありませんか。

質問(佐藤先生へ)

牧草の更新の時に、播種するタイミングが難しくなってきていると思う。先ほどフロストシーディングの話も出ていたが、フロストシーディングで播ける草種も限られると思うし、今年のような積雪が無い年にでも上手くいく方法があったら紹介してほしい。

回答

フロストシーディングはイネ科しか播けない。マメ科は低温発芽性があり、吸水して腐るので播けない。平均気温が6℃以下になっていること、冬季間7℃以上の日が3日以上続かないことが基本。農業公社は播種時期を延ばしたいため、播種床を作った後、積雪してから播いたり、融雪直前の3月に雪の上に播くこともチャレンジしている。道の指導参考では、6℃以下になって積雪までに播種することになっているが、もしかすると播種する時期が広がるかもしれない。あと1~2年待ってもらえれば何か話せるかもしれない。今年のように雪の少ない年は地表の温度が低いので、むしろうまくいくと思う。これまでやってみて、播種時と融雪時に鎮圧をするときれいにできることが分かった。

座長

今日の内容から、気象情報はより精度が上がってきて、我々はそれを上手に使う。気候変動は少しずつ我々の環境を変えていく中で、それに対応する手段を考えて早めに実行していく。気象情報を組織や地域で上手に活用して共有化していく。このようなことが酪農産業の今後に向けて必要になってくると感じた。
それでは、予定の時間となったので意見交換を終了させて頂く。

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