シンポジウム

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2019年(平成31年)1月31日

酪農現場の"カイゼン"を考えるⅢ-少額投資で生産性の向上を!-

酪農における光環境制御の効果とそのメカニズム

農研機構畜産研究部門畜産環境研究領域飼育環境ユニット 上級研究員 粕谷 悦子 氏

はじめに

家畜をとりまく種々の飼育環境は、生産性の観点からはもちろんのこと、家畜福祉の観点からも最適に保たれることが望ましいが、酪農における光環境(例:畜舎の照明など)については、最適な光条件設定の根拠となるウシの生理反応におよぼす影響に関する科学的知見は多くない。今回は、光がシグナルとしてウシの生体内に入り、主に内分泌機能を介して乳生産や成長に影響を与える仕組みを念頭におき、酪農における光環境制御の重要性について考えてみたい。

1.畜産と光環境

農業全体をみれば、大手家電メーカーなどが参入した「植物工場」で、光環境を精密に制御された環境で育てられた作物が既に消費者まで届いている。畜産においては、閉鎖型鶏舎での飼育が一般的な養鶏において光環境の制御が行われているものの、酪農においてはその技術の利用はまだ一部にとどまっている。光のシグナルが体内に入ったあと辿る経路は、鳥類とほ乳類では異なることもあり、まずほ乳類における光の作用がどのように「生産」までつながるのかを、基礎的な仕組みとして知っておきたい。

2.光の動物に対する作用

光は眼の網膜から入力され、視覚性あるいは非視覚性のふたつの経路を通って脳に到達する。生産性に影響をおよぼす経路は主に非視覚性経路であり、特に脳の視床下部にある視交差上核(SCN)が、生体リズムの光による同調を司っている。SCNを介して、覚醒・睡眠、摂食、体温、血圧、心拍、内分泌などのリズムは光に同調するが、松果体により合成・分泌されるメラトニンがこの作用において重要な役割を演じている。

3.光によるメラトニン分泌の制御

メラトニンは、睡眠誘導作用や抗酸化作用を持つだけでなく、視床下部や下垂体を介して、生産性(泌乳、成長や繁殖) に関わるプロラクチン(PRL)や成長ホルモン(GH)といったホルモンの分泌を調節することがわかっている。その分泌動態は、昼(明期)に低下し夜(暗期)に亢進するという特徴的なリズムを持つ。従って明期が長い(=長日)ではメラトニンの分泌量は減少する。逆に暗期が長い(=短日)では分泌量は増加する。

4.泌乳の日長応答

メラトニンは、泌乳促進作用を持つホルモンであるPRLやGHの分泌を促進することで乳量の増加に関わっている。すなわち、長日条件下ではメラトニンの分泌が低下することでPRLやGHの分泌が促進され、乳量が増加する。ただし、日長が長ければ長いほど乳量が増加するということではなく、16~20時間程度の明期が乳量増加効果には適切であると考えられる。一方乾乳期には、メラトニンの分泌を増加させる短日条件が次乳期の乳量を増加させる。それは、乾乳期が次乳期のための乳腺細胞の準備期間であり、乾乳期にメラトニンが増加することでPRLなどの分泌抑制が起こり、次乳期の乳腺でのPRL受容体の増加などの影響で乳量が増えると考えられている。

また、泌乳の日長に対する反応は照度の影響をうける。メラトニン分泌抑制効果には照度依存性があるためである。牛舎における照明で、短日効果を期待するのであれば10 lx以下、長日効果を期待するのであれば300 lx以上といった照度に対する配慮も必要と考えられる。

5.光の波長と非視覚的作用

家畜の生産性には、光の作用のうち非視覚的作用が主に関わっているが、この作用には光の波長の違いによる影響がある。特に、青色光(=ブルーライト、380-500 nm)は、他の可視光と異なる受容システムを持つことから、メラトニン分泌を介した種々の生理作用(PRLやGHなどの分泌も含む)に強い影響を与えると考えられる。近年普及が進んでいる白色LEDにはブルーライトが多く含まれているため、畜舎照明での利用を考える場合には、波長についての検討も必要となってくるだろう。

6.乳牛飼育における“光線管理”の必要性

これまでは、暑熱対策などの理由により開放式の畜舎が主流であり、電気料金の負担も考えると、照明時間の延長などの技術を導入することは難しかったかもしれない。近年はLED照明の普及によりコスト面での問題が減少したため、光の「量」を補うテクニックは導入しやすくなってきた。一方、ブルーライトの影響が明らかになってきたこともあり、人工照明の利用にあたっては、光の「質」についても検討することが必要となってくるだろう。また、ウシの生育ステージによって、適切な日長時間や照明条件が違うことも徐々に明らかになってきていることから、群単位での照明条件の設定といった精密な光環境制御技術の開発が待たれるところである。そのためには、実験等で科学的根拠を見つけていくだけではなく、酪農現場からのフィードバックを受け、さらに知見を蓄積していく必要があるだろう。

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