シンポジウム

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2012年(平成24年)2月3日

牛乳・乳製品の機能性・おいしさを科学する

第2講演『牛乳のおいしさと、その決め手』

日本獣医生命科学大学応用生命科学部教授 阿久澤 良造 氏

はじめに

我々は食品を購入する際、おいしいから購入する、健康に良いから購入する、或いはその両方で購入するなどの選択があると思います。牛乳はどちらで選んでいるのでしょうか。昔は生きる為に食べられる物を食べていましたが、最近はただ生きるだけではなく健康に生きる為に、いつ何をどの様にして食べるかということで商品を選択し摂取していると思います。

牛乳はおいしさを語る上では非常に個性が強くありません。チーズ(健康維持訴求)やヨーグルト(嗜好性訴求)の様にはっきりしたものがありません。よっておいしさや、おいしさの決め手は語りづらいですが、その様な研究をされている方のデータがありますので、微妙である牛乳のおいしさについてお話をさせていただきます。(図1)

図1

1.「おいしさ」と嗜好性

おいしさの基準には個人差があります。おいしさに関わる要素は味覚、匂い、見た目など直接的な要因と間接的な要因があり、それらでおいしい、まずい、好き、嫌い、と判断しています。それが嗜好性です。多くの人がおいしいと言われる物がおいしい物となり、多くの人がまずいと言われる物がまずい物ということになります。(図2)

おいしい牛乳について特に定義はなく、しいて言えば正常な牛乳に個人的な好みが加わった表現です。牛乳のおいしさを表現する因子は牛乳の成分が基本ですが、主要成分以外の成分も関わっています。更にその成分に多くの要因が影響することで風味は形成されます。風味というのは味、香り、テクスチャーであり、最終的においしい牛乳ということになります。(図3)

図2

図3

2.乳組成と風味

牛乳は非常に固形分含量が高く、飲み物でありながら絹ごし豆腐よりも高く、おいしさの要因はかなり詰まっています。(図4)

風味とは味、匂い、テクスチャーであり、味は舌にある味雷の味孔に到達した時に感じ、匂いは脂肪分解臭などの化学物質が鼻腔粘膜に到達した時に感じ、テクスチャーは口の中での感覚です。(図5)

図4

図5

味に関わる乳成分には、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味などがあります。(図6)

匂いは脂肪分解臭の影響が大きいですが、その他にも酸化臭や飼料臭があり、それらが鼻腔粘膜に到達した時に感じます。匂いには、鼻で感じる匂いと食べた物が鼻腔をぬけた時に感じる匂いがあり、食べておいしいと感じるのは食べたものが鼻腔をぬけた時の匂いになります。牛乳の香気成分は、主に遊離脂肪酸やカルボニル化合物よって形成されています。正常な牛乳の匂いである新鮮牛乳臭には、ブタン酸エチル、ヘキサン酸エチル、微量の硫化ジメチルが絶妙なバランスで含まれています。その他アセトン、ブタノン等が複雑に絡み牛乳の匂いを作っています。後程話題になるヘキサナール(酸化臭)をなるべく抑える様な餌や加工法も牛乳の匂いに関わってきます。(図7)

図6

図7

また、牛乳が舌や口腔に接する感覚、脂肪、蛋白質などがテクスチャーに関わってきます。(図8・9)

図8

図9

3.牛乳風味の形成

牛乳の風味には生産段階と加工段階が影響し、生産段階ではウシ個体、飼育管理、生乳の扱いが影響し、加工段階では均質化と加熱殺菌が影響します。ウシは健康であることが重要で、乳成分のバランスのとれた良質な牛乳は健康な牛から生産されます。牛乳は血液成分が乳腺細胞に移行して作られますが、バランスが崩れると乳脂肪、カゼイン、乳糖、リン酸、カリウム、カルシウムが減少し、塩素、ナトリウム、ホエイタンパク質が増加し、リパーゼ活性が上昇し、不快臭の発生、乳らしい風味の低下、まろやかさの低下などが起きると言われています。(図10)

飼育管理では飼料の種類と量が重要で、適切であれば生乳の香りを形成します。また呼吸した臭気物質が牛乳の匂いに移行する為、周囲の環境は重要です。搾乳後の臭気吸収はβ-ラクトグロブリンと香気化合物の疎水結合によって起こると考えられています。(図11)

図10

図11

北大の近藤先生らの研究では、放牧或いは舎飼い、濃厚飼料の給与量、サイレージ水分含量などの飼養条件によるコク、うま味の違いをセンサーで測定しています。その結果、コクが強い生乳は、穀物給与量の少ない放牧実施農家に多く、コクが弱く後味が残らない生乳は、穀物給与量が多い農家に多くなっています。また、うま味が強い生乳はビートパルプ給与量が多い農家に多く、うま味が弱く後味が残る生乳は、穀物給与量が多い舎飼い農家に多くなっています。

また明治の研究では、酸化臭を防ぐことがおいしい牛乳に繋がるとしています。もともと牛乳は多くの食品と異なり不飽和脂肪酸より飽和脂肪酸が多いですが、飽和脂肪酸の多い飼料多給、濃厚飼料多給等の飼養条件により、酸化しやすい不飽和脂肪酸を増加させず、酸化しにくいミルクをつくることが出来るとしています。またビタミンE給与量を不足させないことやストレスを与えない飼養条件も必要であるとしています。

生乳の扱いでは、大腸菌、乳酸菌、低温菌などの微生物の増殖を遅らせ、それらが生成する異常風味を抑えることが重要です。(図12)

異常風味の原因については、酸化臭は不飽和脂肪酸が原因です。またキャベツ臭は光照射により脂質・たんぱく質が酸化されることによって生じます。飼料臭は、搾乳直前の飼料給与などが原因で生じます。ランシッド臭はポンプによる過度な乳中へのエアーの混合やリパーゼによる脂肪分解によって生じます。消毒臭は消毒剤の過剰使用によります。不潔臭は低温細菌の増殖によって起きます。その他淡味、塩味、乳牛臭などありますが、これらを抑えることによりおいしい原料乳の生産が可能になります。 (図13)

図12

図13

加工法も風味に影響し、特に均質化と殺菌が重要です。生乳の脂肪球は通常1~10μmの大きさですが、均質化すると小さい脂肪球になります。森永乳業の研究によると、この脂肪球の大きさによって官能試験を行った結果、均質圧が低く脂肪球が大きいほうがおいしいとの回答が得られました。均質圧力が高く脂肪球粒子が細かいほどさっぱり感が強くなり、均質圧が低く脂肪球粒子が大きいほど脂肪感、コク、ミルク味、甘味、濃厚感が強い牛乳になります。そして脂肪球を一定にすると、コクがでるという官能評価の結果でした。(図14)

図14

加熱殺菌をした場合にはどの食品も必ず臭いが出ます。ミルクの場合、加熱により脂肪が酸化し加熱臭、酸化臭が発生する為、牛乳中の脂肪酸の酸化を抑制する手段が各社で取られています。明治の報告では、通常10ppm位の溶存酸素を脱酸素処理で2ppm位に減らし加熱殺菌すると、非常に口あたりがよく、後味がよく、フレッシュ感のある風味になるとしています。また、雪印メグミルクの報告では、低温脱気処理(低温で酸素を除く)をすると牛乳の風味劣化は抑えられ、溶存酸素濃度によって後味、喉ごし、フレッシュ感、口当たり等の良さに違い出るとのことです。(図15)

森永乳業の報告では、間接加熱は濃厚感があり、直接加熱はさっぱり感があるとされています。(図16)

図15

図16

我々は、LTLT、HTST、UHTの異なる条件で殺菌したミルクの乳様香と濃厚感の強度を調べました。その結果、乳様香、濃厚感共にLTLTのほうがHTST、UHTよりも強い結果となりました。LTLTによる香りが濃厚感をもたらすのではないかと思われます。(図17)

図17

4.「おいしさ」の決定要因

おいしさには乳成分間のバランスが重要で、脂肪含量が高ければおいしいとか、固形分含量が高ければおいしいとかいうことではなく、脂肪分と無脂乳固形分のバランスが重要です。脂肪3.5%、無脂乳固形9.5%がおいしさのピークと言われていますが、嗜好は変わるので今現在はどの程度かと思いますが、無脂乳固形9.5%というのはなかなか難しい問題だと思います。脂肪分3.5%も高く、勿体無いという気がします。(図18)

ヘキサン酸エチル、デカン酸エチル等は生乳の香りに関わる成分として非常に重要なものです。(図19)

図18

図19

まとめ

おいしい牛乳は異常風味を感じません。異常風味を発生させない為には、生乳生産段階では、ウシ固体の健康状態、飼育管理、生乳の扱いが、そして加工段階では、均質化と殺菌が重要となります。そしておいしいと感じるものは、匂い、後味、口あたり、濃厚感、コク、フレッシュ感がキーになります。(図20)

まとめると、1.おいしさの基準には、個人差がありますが決定因子は存在します。2.各成分間における一定のバランスが重要です。3.跡程度の成分であっても風味に影響します。4.おいしさは香り、口触り、味の順に影響します。つまり香りが最も重要であるということです。食品によっても違いますが、ミルクの場合は香りです。5.異常風味、クセのない風味であることです。6.おいしさと処理方法の折り合いが必要です。また安全性とおいしさ、加熱強度とおいしさ、その兼ね合いというのは非常に生産者、製造側で考えられるところではないかと思います。最終的においしさは原料乳とその処理方法で決まります。今までお話してきました様に、ウシ個体は健康であることにより成分バランスがとれたミルクとなり、飼料は良質な粗飼料を給餌し、快適な環境で飼育し、それにより酸化防止を防げ、結果としてコクやミルク風味をもたらすことが出来ます。異常風味を防止する為に、均質化では脂肪球を均一にして適当な大きさを保ち、脱酸素加熱によりフレッシュ感、コク、後味の良いミルクを生産することができます。(図21)

図20

図21

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