シンポジウム

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2011年(平成23年)2月4日

酪農現場におけるバイオセキュリティ-予防とリスク低減のために!-

第3講演『リスク低減のための提言』

酪農学園大学獣医学部長 林 正信 氏

ここでは、一般的な考えでのリスク管理という視点を加え、何かのおりに参考として役立つようなお話をしたい。

1.大規模感染症とそのリスク

口蹄疫や鳥インフルエンザは、一旦、その発生を見ると何万頭、何万羽もの動物たちが処分されることとなり、地域経済を含めその損失は多大であり、まさに、大規模災害に相当するような損失を招くこととなる。

地震・カミナリ・台風などの自然災害は防げるかというと、基本的には防げない。しかし、その被害は対応次第で少なくすることはできるといえる。

感染症については発生のリスクをゼロにはできないが、リスクをどう下げるかは検討の余地があり、また、発生による被害を少なくすることはできる。リスク管理という視点からは、起こさないための「予防」と起きてしまったあとの「対応」という二つの考えに要約できる。

2.感染症について

酪農現場における感染症対策は、非常に対象が多様といえる。

  • 一般対策としては

    (1)持ち込まない・入れない (2)拡げない・増やさない (3)持ち出さない・感染源にしない ということが原則となる。

  • 諸外国の侵入防止措置としては

    • 入国者に過去一定期間の海外における農場立ち入りの有無の申告(オーストラリア、米国)
    • それら該当者に対し、国内の農場への一定期間の立ち入り禁止措置(韓国)
    • 肉製品などの持込みに対し、検疫探知犬などによる手荷物を中心とした持ち物の検疫強化(米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、韓国)
    • 靴底の溝が深いものは、必要に応じ充分な消毒、または廃棄(オーストラリア、ニュージーランド)
    • 畜産農家の帰国時に、申告の義務化など韓国で予定
  • 現状の日本では?

    発生国からの肉などの持ち込みは、原則禁止となっている。農水省からの要請(HP)をスライドに要約すると、

    ここで気になるのは、(1)海外からの入国者については、何も書いていないこと、(2)本当に、実効性があるのか、また、実際にどの程度行われているのか? 少し、疑問を持つところである。

  • 家畜伝染病予防法の改正(案)では

    空港・港で家畜検疫官が入国者や帰国者に質問して、口蹄疫ウイルスなどを国内に持ち込む恐れがあると判断した場合、海外で使用したゴルフシュ-ズなどを消毒できるように規制するよう改正され、水際については少し強化される予定。
    しかし、(1)実際の運用については? (2)実効性を如何に確認できるのか?その辺が問題である。

3.酪農現場での対策は

(1)持ち込まない (2)入れない が原則で、スライドでは酪農総合研究所選書、 酪農学園大学の永幡先生がまとめられたポイントを引用している

また、農水省HPでも畜産農家の皆さんへ呼びかけを行っている。

同じく、家畜伝染病予防法改正(案)でも、

  • 早期発見届出制度:届出が必要な家畜の症状を農林水産大臣が定め、都道府県知事への届出の義務づけ
  • 家畜の予防的殺処分
  • 処分家畜の補償制度などが報道されているが、その詳細は定かではない。

4.事故発生は完全に防げるか?

  • 水際防疫については、日本の場合、かなりの確度で可能であろうと思われるが、100%大丈夫ということは現状では有り得ない。極端な言い方をすると、故意の悪意でルール違反を行うということも出てくる。
  • 事故はどうして起きるのか? ということについて、感染症に係る直接的なことですと、若干、支障が生じることもあるかと思うので、以下、一般的な例でお話させていただく。

N(核関連施設)災害について、徹底した対策がとられているが、それでも、事故や汚染は起こっている。しかし、大災害が起こっておらず教訓とすべき点は多い。

次に、感染症対策としては、厳密な感染症対策がとられている「動物実験施設」があげられ、マウス・ラット・犬猫などを飼育し安全性試験などが行われており、ここでは、非常に厳しい管理基準、感染症対策がとられている。

  • 入退室管理基準:関係者以外の入室制限
  • 関連施設入室者の制限:(例:3週間以内に多施設に入室した者は入れない)
  • 使用者の定期的な教育訓練(研修会)
  • 動線の確保:清浄区域から汚染区域への一方向の動線確保 空調などの空気、飲料水、敷き料についても無菌的管理
  • 動物の検疫、消毒、SPF動物の導入
  • 動物の日々の健康管理と定期的な微生物モニタリング
  • リスクは低減されるが、それでも汚染はおこる:その原因の殆どは、人間の身体に付着して、病原体が持ち込まれることにある。一旦発生した場合には、
    ⇒「オールアウト、オールイン」(全ての動物の入れ替え、消毒)や貴重な動物については、胚操作による無菌化が行われている。

5.衛生指導体制について

家畜保健衛生所の獣医師について、十分な衛生指導ができる体制になっているか? 宮崎、北海道、全国をスライドに要約している。

獣医師1人当たりの家畜頭数(家畜衛生単位/管理戸数は、宮崎県が1万5342頭/264戸、北海道が8,708頭/61戸、全国平均が4,244頭/52戸)

状況的に言うと、宮崎県の場合は、少し、心配、疑問、弱点があったかと思われる

6.今回の口蹄疫を総括すると

(1)バイオセキュリティレベルの高いはずの県の試験場、家畜改良事業団、経済連においても感染が発生していること

(2)管理がされていても汚染・事故は起こると考えることが前提となる

  • なぜ事故は起こるのか?

    SHELモデルによる事故防止対策をスライドに示している。中心にあるのが人間(L)で、人の部分が重要になる。

  • 人間のエラーはなぜ起こるのか?

    スライド(右上)にその要因を示しているが、結果として、ルール違反が起こっていることになる。

  • ヒューマンエラーを防止するために

    (1)防止法:教育訓練、研修会、講演会、知識の習得、注意の喚起、ルールの徹底、情報の共有化

    (2)それでも事故はおこる時はおこる

  • もし、起こってしまったら

    (1)拡げない、増やさない

    (2)持ち出さない

    (3)感染源にしない

    (4)そのためには、早期発見・早期消毒
    ⇒その体制はできているか(疾病の種類で異なる)
    ⇒臨床症状が見られた時には、既に拡がっている可能性が高い

    (5)経済性を考慮し、実行することが必要となってくる

  • 口蹄疫を例にとって考えると

    (1)10年前の宮崎県、北海道での発生は、防疫頭数で740頭、今回29万頭、前回の発生では封じ込めが非常に上手くいき、成功した。それが今回はネガティブに働き(油断につながり)、前回の発生が教訓とならず大規模で、経験のない発生につながった。

    (2)近隣諸国における発生状況をスライドに示しているが、韓国、台湾などの状況より、何時、国内で発生しても不思議ではない状況が続いている。

    (3)発生頭数と殺処分頭数を4月20日の初発から7月上旬までをスライドにプロットし下表には、判明から防疫措置完了までの日数を示している。4日~10日~2週間とかなりの期間を要し、期間がかかることで、感染も拡がったと考えられる。

    (4)宮崎県内のNOSAI職員の動員状況は(4月29日~6月30日)、殺処分、ワクチン接種などに従事した獣医師数は延べ803名(実数78名)
    消毒などの活動に従事した職員は延べ800名(実数239名)

    (5)全国NOSAI組織からの獣医師の派遣は(6月4日~6月30日)、延べ418名(実数14道県56名)
    後期になってから県外から派遣されていることが判り、如何に早期に必要な獣医師数を確保するかが問題(課題)となる。

    (6)獣医師の現状
    ○届出されている獣医師は、全国で約3万5千人、公務員が約26%、産業動物獣医師は約12%、4,200人であり、その25%が北海道、20%が九州で勤務しており、地域的偏在はあるが平常時に絶対数では不足していない。
    ○非常時には発生地域では、対応できないと思われる。迅速に派遣可能なネットワークシステムの構築、相互の情報の共有と事前訓練(全国規模)、派遣が予想される獣医師の研修強化などが必要。

まとめ(特効薬はない)

今回は初めての大規模感染症の発生例

今後の防疫に如何に教訓とするか

○国・都道府県:防疫システムの一元的な管理システムの構築

○個々の酪農場:現在の衛生管理を徹底する

~効果的なバイオセキュリティは1サイズで誰にでも合う提案はない~

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