シンポジウム

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2011年(平成23年)2月4日

酪農現場におけるバイオセキュリティ-予防とリスク低減のために!-

第1講演『家畜伝染病の現状とその対応について』

根室地区農業共済組合西春別支所 佐藤 洋平 氏

1.感染症とは

感染症は、病原体が生体内に侵入して、生体に不利益な事が起こる。辞書(大辞泉)ではインフルエンザや赤痢・マラリアなどの伝染性のものと、破傷風・肺炎などの非伝染性のものがある。

ウイルス、細菌(バクテリア)、寄生虫、異常プリオン、マイコプラズマ(これはバクテリアに入る)などが生体内に侵入し、増殖する事により宿主に不利益な事が起きる。感染条件は、生体免疫システムとの戦いになるが、感染したからといって発症するとは限らない。これらをどの様に見つけるかが我々の大きな仕事である。

ウイルスにはBVD、白血病など、バクテリアにはサルモネラやヨーネ、黄色ブドウ球菌など、寄生虫にはクリプトスポリジウム、コクシジウム等がある。根室では、親牛の肺虫症感染例があり、今までかからないと思われていた病気が、かからないわけではないとの反省がある。それ以外は、真菌いわゆるカビ、マイコプラズマによる肺炎や乳房炎などが問題となっている。

2.感染症の問題点

感染症の問題点としては、第一に農場での経済的損失が問題であり、汚染の可能性や抗生剤使用による乳廃棄の損失がある。

2002年カナダの報告でBVD、牛白血病、ヨーネ病、ネオスポーラ症の経済的損失が計算され、それぞれの疾患で具体的に試算金額が示されている(Alfons Weersink et al, 2002)。

サルモネラの一部の種類や黄色ブドウ球菌は、食中毒の原因として重要である。また、抗生剤使用による耐性菌の出現が人間界に影響を与える可能性があり、注意しなければならない。

感染症による炎症は動物に痛みを伴うので、動物福祉の観点から如何に炎症を取り除き痛みを抑えるのかが問題となる。また、感染症の中には、法律で法定、届出などが定められており、速やかな診断、確定、対処が決められている。

牛では、法定が26種類中15種類、届出では61種類中22種類、海外悪性伝染病では19種中10種類が定められている。

3.根室地区における発生状況

根室地区の主要監視伝染病、ヨーネ病、牛白血病、破傷風、ネオスポーラ症、BVDV(牛ウイルス性下痢粘膜病)、IBR(牛伝染性鼻気管炎)の発生状況は図の通りである。IBRは平成18年頃からワクチン投与が開始され発生が抑えられている。BVDVは21年度から、バルク乳スクリーニングを行っているため増えているが次第に抑えられている。破傷風でも同様の推移を見せている。ヨーネ病では年によって違うがゼロにはなっていない。この疾病は押さえ込むのが大変で、一度感染したらなかなか農場から排除されず、新しい発症と言うよりも発症した農家が清浄化されないのが問題となっている。

根室地区の過去5年間のサルモネラ症の発症状況で、毎年のように発生し、多い年では30件300頭の発生がある。農場の様々な場所にこの菌が存在し、どのように地域で防衛するかが課題となっている。

4.根室地区で問題となっているサルモネラ症、BVD,白血病について

(1)牛のサルモネラ症

Salmonella Typhimurium, Salmonella Dublinは届出伝染病である。高熱を伴う出血性下痢、場合によっては流産を起こすと言われている。口から侵入、腹内で増殖、糞便に排菌される。これが他の牛の口から入り感染が広がる。経験上、乳汁中には菌が検出されていないが、文献的には排出されるとされているので発生時は必ずバルク乳検査もする。O抗原とH抗原の組み合わせで今までに2000種類を越える血清型が報告されており、ティフィムリウムとダブリンが主要であるが、まれに他の種類が出る事があり、多様になってきている。インファンティス(Salmonella Infantis)という鳥での発生が多い菌が検出された事がある。この菌は非常に重要な人畜共通感染病であり人の食中毒の原因ともなる。昔は子牛の感染症とされていたが、近年では成乳牛でも感染が起こり、重要な感染症とされている。感染が確認された牛は、農家にお願いして隔離処置を取っている。

この図はサルモネラが発症した時のワークフローである。根室地区NOSAIと根室家畜保健衛生所共同で、2001年に作成、これを基に発生時の対策を取っている。

まず、発生牛が確認されたら速やかに全頭検査を行い、環境及びバルク乳検査も実施する。バルク陰性であれば出荷し、陽性の場合は出荷停止となる。陽性牛は治療と隔離を行い、治療効果判定を実施する。この判定が陽性であれば始めのフローに戻り治療・隔離を行い、陰性の場合には2週間後に全頭検査を実施し、全頭陰性の場合には3週間の観察期間の後、環境消毒を行って終息となる。この3週間の観察期間はサルモネラ菌の潜伏が考えられるのでこの期間を定めている。ダブリンの場合は、最後の全頭検査の後に再度2週間の後に再び全頭検査を行う。ダブリンは生体のかなり奥のほうまで侵入するので再全頭検査を加えている。

この治療にはエンロフロキサシンと生菌剤での3日間治療を1クールとして2クールの治療を行っている。この治療でも検査で陽性の場合には淘汰を勧めている。

サルモネラが発生した時には、必ず農協と家保に連絡して、農場模式図にて、どの検体で何処で陽性となったのかを確認する。図を作る事で何処から菌が侵入したのかを推測することが出来る。この図を用いて消毒を重点的に行う。重要なのは餌場と水場であり、特に水場は注意して消毒している。

現場で使用している消毒剤は、図に示した通り。特に車両消毒にはベッセルサニーを使用している。消毒剤は最適なpHと温度、希釈倍率と暴露時間が大切であり、また各消毒剤に固有の特徴(光感受性など)を考慮して使用する。冬場は消毒槽が凍るので、室内に入れる配慮がほしい。

(2)BVD(牛ウイルス性下痢症)

フラビウイルス科RNAウイルスによる感染症であり、豚コレラと同様ウイルスで、胚死滅や流産、呼吸器病、粘膜病として現れてくるが、粘膜病は少なく、流産と呼吸器病が主である。このウイルスには細胞障害性のあるものと無いものがあり、非細胞障害性のウイルスの遺伝子が変化して細胞障害性に変化し、持続感染牛に罹ると粘膜病として出てくる。

このウイルスには I型と II型があり、 I型が約80%を占めている。このウイルスでは持続感染(PI)が起こり、ウイルスを自己と認識する牛が問題となる。この牛はウイルス生産工場の様に、自身は無症状だが多くのウイルスを生産・排出する事が問題である。この感染は親から子への垂直感染と経口やエアロゾルによる牛から牛への水平感染が起こる。

問題になるのは、胎児がいる母牛が感染した場合で、感染時の胎齢によって胎児への影響が変わってくる。中期感染すると先天異常がでるが、それ以降に感染しても胎子の免疫が確立するので、正常か抗体保有で生まれてくる。特に問題となるのは、早期の感染で胎子の免疫寛容でウイルスを自己と認識する場合で、親牛はたいてい一過性で終わるが子牛はウイルスを排出し続ける。この子牛を見つけるのが重要な対策となる。

平成17年に根室管内のウイルス性疾患対応マニュアルを家保、NOSAI、農協で作成した。疑似患畜は家保で病性鑑定を行い、陽性の場合には、全頭検査後、6ヶ月間出生した子牛を全て検査する。この検査で全て陰性であると終息となる。この間、農家では基本的な消毒及び整理整頓を徹底してもらう。

このBVD対策では、このPI牛(免疫寛容に基づく持続感染牛)を見つけ出す事で新たな感染を予防する事が基本だが、併せてワクチンの投与を行なっている。B町ではワクチンを3年使用して育成牛全頭にLK方式で投与。N市では入牧牛に希望者にはKK方式でワクチン投与。N町では全頭にKK方式でワクチン投与。S町では入牧牛に希望者にはKK方式でワクチンを投与している。また、バルクスクリーニングを北海道大学の協力で行い、PI牛の調査を実施している。

共済では発症牛しかその対象にならないので、PI牛の淘汰時には助成金が出されているところもある。

(3)牛白血病

4つの型があり、問題になるのはウイルスによるものである。垂直感染を起こし、初乳にも細胞が入っているのでこの細胞を介して感染を起こす。また、水平感染も起こす。血液中にウイルスが存在し、白血球系の細胞が異常増殖しリンパ節が腫大する。このBLV感染牛の20~30%でリンパ球が増えるのが観察されるが、実際にリンパ節が腫大して発症するのは0.3%以下と考えられている。このウイルスに感染しても発症しない例が多く、発症が確認された時には既に蔓延している事が多い。免疫系の細胞がやられるので、免疫力が低下し、繁殖能力の低下、感染症の難治化などに影響する。重い症状があまり出ない傾向にある。

疑似患畜を家保の病性鑑定で確定すると、同居牛の検査を行い、春季・秋季の年2回の検査で2回連続全頭陰性をもって終息となる。しかし、今のところこのフローで陰性~終息した例は殆どない。従って、感染牛は見つけたら直ちに淘汰する事が大切である。

拡散防止対策としては、水平感染の防止であり、この疾患の拡散原因としては、文献的には吸血昆虫と言われているが、現在では殆どが人為的な原因であり、特に直検での手袋のリスクが高い。獣医も人工授精師も手袋を一頭使い捨てで使うようにしている。血液が付着するもの(注射針、削蹄鎌など)は使い捨てを使用するか、毎回消毒を行う。

5.感染症対策の基本

まず一番重要なのは、見たときに何かおかしいと思う事、常に観察をする事が早期発見につながる。また、症例写真を相互に見せ合い、情報交換しながら観察力を養成する。これが早期発見、治療に結びつく。

一度発見されたら、基本的には全頭検査を行う。これは取りこぼしが無いようにとの意味からで、たとえ600頭、800頭あっても実施する。サルモネラ症で1000頭近く検査した事もある。家保には事前に検査数を連絡して実施する。治療が困難である場合や完治困難な場合は自衛的淘汰をする。

6.疾病発生時の対応―農家に対して―

農家への病気の説明が必要で丁寧に説明する。牛は接触する時に感染をする事を、病気一つ一つについて絵や写真を作って説明する。ワークフローなどで、「今後この様な処置を行いますので、終息するまでがんばりましょう。」と説明し、理解と協力を求める。中には全頭検査を無視される方もいる。この場合には、法的な強制力が全く無いが、検査しない場合には非常に問題があり、現在は被害者であるけれど、今後は加害者になる可能性があると説明する。これで殆どの人は納得して頂ける。基本的には農家が納得するまできちんと話をする。

2年連続でサルモネラが発生した農家では精神的にも深刻な状況を、じっくり納得するまで話をする事で穏やかになって頂いた事もある。

7.疾病発生時の対応―獣医師―

疾病発生時には農協、役場、家保などに連絡し、連携を取る。

農協や役場は、採材や消毒の協力を担当し、家保は検査を担当。農家に病気の説明をする時には、獣医師としてその病気を深く理解している事が必要であり、また他人にしっかりと伝える事ができるかが重要である。農家と話をする時には担当の獣医が1人(たまにサブが付く事があるが)であるが、誰でも同じ対応が出来る様に、対応マニュアル等の整備が必要である。

検査結果についても、農場図などを使って何処に問題があるのかの情報を共有化し、治療ワークフローを掲示して、現在何をやっていて、何処まで来ているのかについてもボード等に張り出して情報共有化を行う。対応している獣医は1人であるが、診療所の皆が対応・サポートしている意識と緊張を持ちながらやっている。

8.防疫対策

1次的には個体別に免疫力を高める事を先ず第一に考える。
2次的には、群、農場単位で消毒を中心に実施する。最近は群が大きくなっているのでこの群単位での対策が重要である。
3次的には、地区全体、根室地区、別海町、西春別など地域単位での防疫対策を立てる。
4次は国による防疫であるが、これは予算の制限があるので、自分たちで自らを守る事を基本としたい。

9.現場での感染症対策と指導

もたず:⇒農場に常在させない。

まずは、農場に感染症原因を常在させない。サルモネラに関しては消毒の基本があるが、終息後も継続し、入場時には足を洗う事を徹底するなど啓蒙活動をしている。ネオスポーラは胎盤にいるので、犬を放し飼いにしないよう繋いでくださいとお願いする。

つくらず:⇒新規感染牛を作らない。

サルモネラでは糞便が問題となるので、陽性牛は基本的に隔離する。ウイルスや黄色ブドウ球菌なども新しい感染牛を作らないために隔離を基本とする。

もちこませず:⇒外部から侵入させない。

導入牛にも多いが、農場に出入りする人や車、カラスなど外部からの侵入を避ける工夫をする。

もちださず:⇒外部に持ち出さない。

不顕性感染している牛をなるべく外に出さない。また、ワクチンを決められた方法(2回接種)で行う。

10.予防医学の概念

一次予防で免疫確立、環境整備、町単位のワクチン接種。
二次予防でスクリーニングによる早期発見と適切治療、全頭検査。
三次予防で再発防止策、サーベイランス。

11.現状の課題

今後の課題は、根室地域内でも自防組合単位での対策が異なっており、統一化が出来ていないことである。BVDに関してはバルク乳スクリーニングを徹底してウイルスフリーとしたい。

積極的淘汰ではNOSAIは、発症牛のみが対象となるので、未発症牛を淘汰することでは経済的な問題がある。また、農家の規模拡大に従い、検査体制が追いつかない場合が考えられ、その対策が必要である。

実際の現場ではワークフローなどのマニュアルにて対応できない場合もあり、耐性菌の問題もあるので、現在使用している薬が明日使えない事も考えながら、常に新しい情報を入手する必要がある。

一度作ったマニュアルは時間と共に形骸化するので、失敗から学んで常にマニアルを整備する事が必要である。また、地域防疫に関して農家の関心が低い場合があるので、消毒槽の設置をお願いしたい。

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