シンポジウム

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2008年(平成20年)2月1日

乳製品貿易の拡大とわが国の酪農・乳業

第2講演『国際化と韓国酪農の経験』

韓国・嶺南大学校教授 趙 錫辰 氏

只今ご紹介賜りました韓国の趙(チョウ)と申します。
今回私は、

  • 「韓国酪農の概況」について
  • 「UR交渉後の韓国乳製品市場の変化」について
  • 「韓米FTA交渉がもたらした韓国酪農への影響」について
  • 「国際化と韓国酪農の課題」について

という4つの項目についてお話いたします。

韓国酪農の概況

まず、韓国酪農の概況について説明します。図1は韓国酪農の概況を示したものですが、1986年に4万3千戸ほどあった酪農家戸数は、非常に早いテンポで減少し、現在8千戸を下回る状況です。この原因は環境問題や後継者などもありますが、やはり乳製品自由化という厳しい環境に耐えられなくなり離農したというのが一番大きな原因だと思われます。一方、搾乳牛頭数をみると、1986年当時は20万頭ほどだったものが、1999年には約30万頭まで増加し、その後次第に低下している状況です。次に一頭当たり搾乳量をみると、1999年頃までは毎年2%程度、その後は3%程度の上昇率で伸び続けています。

図1 韓国酪農の概況(生産)

図2は中国、韓国、台湾、日本における牛乳・乳製品消費の割合を示したものです。一般的に経済成長が進むほど飲用乳や粉乳の消費が減少し、チーズやヨーグルトの消費が増加すると言われています。そういった特徴から韓国をみれば、日本や台湾と比べても、まだ飲用乳の消費割合が高く、チーズの消費が少ないといった特徴がわかります。ちなみに韓国の国民一人当たりのチーズ消費量は1.4kgほどです。

図2 韓国酪農の概況(乳製品消費、2005年)

図3は韓国の飲用乳消費を示したグラフです。白色牛乳の消費は、1970年代は年間24.1%の伸び率を示しました。それが1980年代に入ると年間18.0%の成長率。しかし1988年のソウルオリンピックをターニングポイントに停滞しはじめ、その後2000年の金融危機ではマイナス成長に向かい、以降は停滞ないし減少傾向が続いている状況です。しかしその反面、生乳基準価格は一度も下がったことがありません。このことについては、近年の飼料代の高騰を乳価に加えるべきだという意見や、消費の落込みを乳価に反映させるべきだなどの意見も出されているのが現状です。

図3 韓国酪農の概況(飲用牛乳消費,生乳基準価格)

図4は、日本の農水省が世界の飲用乳価格(2005年11月)を調査したものに、韓国(ソウル)の飲用乳価格を付け加えたものです。これをみると飲用乳価格が一番高いのはシンガポール、次にソウル、東京と続きますが、近年の為替レートで換算するとソウルは200円を超えてしまいますから、世界で一番飲用乳価格が高い国といえます。

図4 世界主要都市の飲用乳価格(2005.11)

UR交渉後の韓国乳製品市場の変化

それでは韓国の主な乳製品の関税率について説明します。まず韓国はすべて従価税であるに対して、日本は従価税と従量税の双方を使うことによって、効率良く関税障壁を築き、国内酪農を保護している仕組みです。しかも日本の関税は非常に細分化され、国内の事情に合わせて交渉したといえます。それに比べて韓国は高い関税率が維持できたものもあれば低い関税率のものもあり、交渉内容に統一感がみられない結果となっています。

品目別にみると脱脂粉乳は176%と高関税ですが、ホエイは49.5%、ホエイ混合物は36%、バター89%、デイリースプレッド8%、チーズ36%の従価税となっています。ここで問題となるのがホエイ混合物とデイリースプレッドの関税率です。ホエイ混合物は脱脂粉乳の擬装乳製品として脱脂粉乳市場を乱す要因にもなっています。せっかく脱脂粉乳の関税率が高く維持されていても、ホエイ混合物が代替品となれば何も意味をなさなくなってしまいます。またバターの関税率は89%と高い関税率にみえますが、脱脂粉乳と同様、代替品としてデイリースプレッドがバター市場を混乱させています。このように韓国では脱脂粉乳、バター双方とも代替品によって市場が混乱している状況にあります(デイリースプレッドはUR交渉で54%の関税率が認められているものの、実際の実行税率は8%)。このように、韓国では代表的な乳製品である脱脂粉乳とバターは高関税を維持したものの、その代替品である、いわゆる擬装乳製品の関税障壁に失敗したため、韓国の国内乳製品市場は関税自由化に近い状況です。

次にUR交渉によって需給関係がどのように推移したのかを見てみます(図5)。1995年のWTO体制がはじまる以前、国内の生乳生産と乳製品消費は、季節的変動はあるのものの比較的安定しており、ともに緊密な関係を保っていました。しかし1995年以降になると、まず、消費量と生乳生産量が乖離していきます。そして、その間に入り込んだのが輸入乳製品です。この消費と生乳生産の乖離、そして輸入乳製品の増加に伴って増加したのが国内乳製品の在庫量です。その在庫量は非常にブレが大きく、不安定な状況です。次に飲用牛乳の消費をみると、2003から2004年をピークに減少しているのですが、併せて国内の生乳生産も減少している状況をみれば、国内で生産される生乳の用途は飲用乳市場に限られていると言えます。

将来、多くの酪農先進国と貿易交渉を締結するとすれば、1995年以降、韓国酪農が経験してきたような乳製品市場の変化が、もっと激しくあらわられるのではないかと懸念されるところです。

図5 UR交渉と乳製品市場の変化(月別需給推移)

図6はUR交渉後、1996年以降の乳製品輸入動向をグラフにしたものです。このグラフで一番大きな伸びを示しているのがチーズです。また、調整食料品(バター代替品)やホエイなど全般的に増加傾向にあります。そして、このグラフのなかの折れ線で示しているのは国内脱脂粉乳の在庫量ですが、この国内在庫量と密接な動きをしているのがホエイ混合物です。このホエイ混合物は、国内在庫の状況に敏感に反応しながら輸入されているという状況です。これは先ほど説明したとおり、国内の脱脂粉乳在庫と、その代替関係にあるホエイ混合物の輸入が密接な関係にあるということになります。

図6 UR交渉と市場の変化(乳製品の輸入動向)

韓米FTA交渉がもたらした韓国酪農への影響

それでは次に、韓米FTA交渉が韓国乳製品市場にどのような影響をもたらしたのかについて説明します。

韓米FTA交渉の結果、脱脂粉乳、全粉乳、練乳は現行の関税率を維持(脱脂粉乳・粉乳=176%関税、練乳=89%関税)しました。しかし、同時に無関税枠5,000tが設定され、この無関税枠は毎年3%ずつ増量、しかも期限は無期限ですから、将来的には関税撤廃というシナリオです。脱脂粉乳と強い代替関係にあるホエイ混合物は36%の関税が10年後に撤廃。調整粉乳(40%関税)は10年後に関税撤廃(無関税枠700t、毎年3%増量)。乳糖(49.5%・無関税枠20%)は5年後に関税撤廃。そしてアメリカが一番市場開放を狙っているプロセスチーズおよびカード(36%関税)は10年後に関税撤廃、ナチュラルチーズ(36%関税)は15年後関税撤廃、無関税枠は7,000t(毎年3%増量)となっています(図7)。

品目 交渉前 交渉後 締結付随事項
脱脂粉乳・全脂肪粉乳 関税率 176% 現行関税維持
無関税枠 20~40% 5,000t 毎年3%ずつ増量、
期限制限無し
練乳 関税率 89% 現行関税維持
無関税枠 40% 5,000t 毎年3%ずつ増量、
期限制限無し
乳糖 関税率 49.5% 5年後撤廃
無関税枠 20%
ナチュラルチーズ 関税率 36% 15年後撤廃
無関税枠 7,000t 毎年3%ずつ増量
バター 関税率 89% 10年後撤廃
無関税枠 40% 200t 毎年3%ずつ増量
ホエイ(食用) 関税率 49.5% 10年後撤廃
無関税枠 20% 3,000t 毎年3%ずつ増量
調整粉乳 関税率 40% 10年後撤廃
無関税枠 700t 毎年3%ずつ増量
プロセスチーズ及びカード 関税率 36% 10年後撤廃
ミルククリーム(FAT6%以下) 関税率 36% 15年後撤廃
ミルククリーム(FAT6%超過) 関税率 36% 12年後撤廃
冷凍クリーム(FAT6%超過) 関税率 36% 10年後撤廃
ホエイ混合物 関税率 36% 10年後撤廃
ホエイ(飼料用) 関税率 49.5% 即時撤廃

図7 韓米FTA(交渉結果)

1999年以降のアメリカ産乳製品の輸入動向をみると、もっとも早く輸入量が増え始めたのがチーズ、続いて脱脂粉乳の代替関係にあるホエイ混合物が増え、乳糖はほぼ横ばいという状況です。

そこで、まずホエイ混合物についてアメリカとその競争関係にある輸入国の価格を比較してみると、2006年時点でアメリカの3,847ウォン/kg(輸入価格2,829ウォン+関税1,018ウォン)に対し、オランダ2,974ウォン/kg(輸入価格2,187ウォン+関税787ウォン)、カナダ2,887ウォン/kg(輸入価格2,123ウォン+関税764ウォン)、フランス2,607ウォン/kg(輸入価格1,917ウォン+関税690ウォン)で、アメリカ産ホエイ混合物は他国と比べると競争力に欠けているのがわかります。これが2018年になり、アメリカ産ホエイ混合物の関税が撤廃されると2,829ウォン/kgになりますから、他国と肩を並べるという状況です。

同様に、2006年のチーズ価格もアメリカは4,594ウォン/kg(輸入価格3,378ウォン+関税1,216ウォン)で、ニュージーランドの3,822ウォン/kg(輸入価格2,810ウォン+関税1,012ウォン)、オーストラリアの4,113ウォン/kg(輸入価格3,024ウォン+関税1,089ウォン)より10%程度高い価格ですので競争力がありません。これが2018年にアメリカ産の関税が撤廃されればチーズ価格は3,378ウォン/kgになりますから、アメリカ優位の体制になります。しかしアメリカは、現時点ですでに関税相当額の輸出補助金を拠出して韓国市場へ輸入を増やしているので、もはや関税撤廃と同じ状況になっていると言えます。そしてアメリカは、2018年になると輸出補助金を拠出しなくても他国より優位な体制が整うという戦略です。しかし韓国としても、アメリカ以外の国ともFTA交渉を開始する可能性は十分にあり得ますから、実際にはどうなるかはわかりません。

それでは、なぜアメリカは韓国のチーズ市場を狙っているのかということですが、アメリカの生乳生産構造をみると、チーズ在庫が増えると平均乳代は減少するという非常に密接な関係があるのがわかります。つまり、アメリカ国内の酪農を守るためにはチーズ在庫を減らさなければならないという生乳生産構造から、チーズの輸入国でありながらも、一方では輸出もしなければならないという状況にあるのです(図8)。ただし、2006年末ごろからチーズの国際価格が上昇していますから、それ以降は、チーズ在庫と平均乳代の密接な関係が崩れてきているという状況になっています。

図8 韓米FTA(アメリカのチーズ在庫と平均乳代)

また図9に示したように、アメリカ国内の1975年の生乳用途別使用比率をみると、飲用乳は49.6%、チーズ向けは24.8%であるのに対し、2004年の飲用乳は36.0%まで低下し、チーズ向けは52.0%と生乳生産の半分を占めるまでに成長していることからも、チーズ在庫が生乳価格に大きな影響を与えている要因であることがわかります。

図9 韓米FTA(アメリカの生乳の用途別使用比率)

これらの事象を踏まえ韓国内の海外乳製品占有率の推移を見てみると、2004年まではEUがトップシェアでしたが、2005年をターニングポイントとして、アメリカがEUを抜き市場占有率のトップとなりました。それだけ韓国乳製品市場におけるアメリカの影響力が大きくなり、反面、競争関係にある他の輸出国の市場占有率が落ちている状況です(図10)。

図10 韓米FTA(輸入国の市場占有率変化)

以上の韓米FTA交渉の結果から、韓国乳製品市場に対する問題点を挙げるとすれば、

  • 関税枠(TRQ)の対象品目について、緊急輸入制限(ASG)が適用できないほか、特別緊急輸入制限(SSG)は最初から考慮の対象から排除されている。
  • 無関税枠の運営における諸条件があまりにも硬直的で、国家貿易を実施するためには両国間の合議が必要であるなど、“毒素条項”とも言うべき内容が多い。
  • 緊急輸入制限の適用対象に、今後輸入増加が予想されるチーズなどは除外されている。
  • 韓米FTAの畜産を含む農業部門の許容水準があまりにも高いため、現在進行中のEUとのFTA交渉や他国とのFTAにおける農業部門の交渉は、韓国側に不利に作用する恐れがある。

という4項目に集約されます。

すでに、現在進行中の韓国とEUとのFTA交渉において、EUは「EUの関心品目(チーズや豚肉を含む)については、韓米FTA並みの開放を要求する」など、韓米FTAの交渉結果が引き合いに出されているという現実にあります。

国際化と韓国酪農の課題

韓国がアメリカとFTAを締結し、そして1か月も経たないうちに今度はEUとのFTA交渉を開始しました。その理由を理解するには、まず、韓国全体の経済構造を把握しなければいけません。韓国の内需依存度は3割未満で、輸出貿易をしなければ韓国経済は成長できない経済構造になっています。そのため韓国は国内農業を無視してでもFTAを実施しなければいけませんでした。農家の猛反発を覚悟してでもFTAを締結しなければ、国全体の経済成長は難しいという状況なのです。

このような状況で、韓国酪農が今後克服しなければならない課題を挙げるとすれば、

  • 酪農制度改革

    1995年のWTO体制開始により、韓国では海外乳製品が増加する反面、国内生乳生産の減少が懸念されました。その対策として1997年に酪農振興法を改正しました。この振興法の改正では、計画生産によって国内の生乳生産と価格を安定的に確保しようという目的から酪農振興会を設立したのです。しかし、韓国はそれまで計画生産の経験がなかったため、計画生産は強制加入にいたらず、酪農振興会への加入も任意加入となりました(その結果、酪農振興会に加入した酪農家は27%)。しかし、後にこの計画生産の強制力の不備が、韓国酪農の混乱を招く要因になってしまったのです。今では酪農家も乳業者も計画生産への全戸加入の必要性は理解しながら、その体制を立て直すことができない状況にあるため、まずはその改革が必要です。また、季節別乳価を導入した計画生産と生乳共販体制を確立し、生処が対等な立場で交渉できるような環境を実現するべきだと考えます。

  • 飲用乳の消費拡大

    低迷している飲用乳消費を改善させることも課題の1つです。現在、国内生乳の処理が飲用乳に限られているなかで、飲用乳が低迷しているという状況は非常に致命的といえるでしょう。その状況から、まず学校給食制度の改善が必要と考えます。日本では学校給食事業と給食牛乳事業は統合されていますが、韓国ではそれらが分離しているため、この給食事業を制度的に統合されるべきだと考えます。またその他に、牛乳消費拡大事業の強化なども不可欠と考えます。

  • 乳質の改善

    2006年現在、韓国において細菌数を基準にした場合、三等乳(25~50万個/ml)の生乳の割合は0.4%しかありません。しかし、それらの生乳が高品質の生乳と混合されてしまう集乳体制は改善されるべきでしょう。

    また集乳経費削減のためにも、集乳路線の見直しが必要と思われます。

    その他に休薬期間の厳守や残留抗生物質検査の強化などによる乳質の改善も重要と考えます。また、泌乳を増加させる牛成長ホルモン(bST)について、韓国は制度的に承認していますが、最近では生産者サイドからbSTを使用禁止するよう要求が出ています。これは、将来、bST使用が問題になる可能性があるなら、今のうちから使用を中止する方が良いだろうと判断したためだと思います。

  • 国産乳製品(チーズ)の生産拡大

    現在、アメリカ優勢の国内のチーズ市場において、どうやって国産チーズを維持していくかということです。これから市場が伸びると見込まれているチーズですから、国産生乳の拡大を図るにはチーズしかないのではないかと考えています。

    その他に、乳製品の価格を適正に維持するためには、多様な需要に対応するための製品開発も必要だと考えます。

  • 乳価システムの改善

    現在、韓国の乳価システムにおいて、スライド単価が加算される乳成分は乳脂肪分のみになっています。これからの乳価システムは、乳脂肪分だけではなく、乳タンパクなどの乳成分も加算されるように改善されるべきだと思いますし、最終的には消費者嗜好を考慮した多様な基準による乳価システムを確立するべきだと考えます。

  • 価値ある酪農経営の実現

    最後になりますが、将来、韓国の酪農が価値ある経営を実現するために実施するべき項目ついてご紹介して、講演を終えたいと思います。

    • 地域複合経営体系確立による物質循環型酪農の実現…環境を重視した酪農経営の実践
    • 新鮮で安全な牛乳生産による国民食生活への貢献
    • 生産費節減による競争力強化
    • 地域社会との交流拡大…最近、農村部でふれあい牧場や体験農場が盛んになりつつある
    • 家族労働を中心に適正規模を実現し、酪農経営の安定を図る

    以上の5項目です。

ご静聴、ありがとうございました。

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