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No.9 平成19年度酪総研シンポジウム「乳製品貿易の拡大とわが国の酪農・乳業」学校法人 酪農学園 理事長 麻田 信二

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北海道酪農の原点を見直す
  私は1995年頃、北海道農政部の酪農畜産課長をやっていまして、酪近計画も担当しました。そのとき、いかにして粗飼料自給率を向上させるかを考えました。しかし、道庁が、あるいは農水省が粗飼料自給率を向上させる計画を作っても、これだけはいつも逆の方向にばかり向かってしまいました。
今、日本の食料自給率を高めようとするとき、粗飼料自給率の問題はきわめて重要なのです。家畜は冷害を受けません。人間が食べられないものを、人間の健康のために必要なタンパク質に変えてくれる。資源が無い日本だからこそ、環境問題に配慮しながら、粗飼料自給率向上に向けた取り組みをしっかりやっていく。私は、これが社会全体の動きにならないと日本の将来は危ういのではないかと思うのです。

 そして私は、2007年7月から酪農学園の理事長を仰せ付かっております。酪農学園は昭和8年に酪農義塾として創設されました。なぜ酪農学園が設立されたのかというと、酪農家を育成する、あるいは製酪乳業のための人材を養成するという目的だったのです。それ以前はというと大正末期に雪印ができ、さらにその前は、大正2年の北海道の大凶作を機に酪農振興をしようとしたのが、北海道酪農の本格的な始まりでした。この頃は、明治初期に始まった北海道開拓から40年ほど経った頃だったのですが、当時は肥沃な土地を見つけては開墾を進めて作物を作っていました。しかし、作物を作り続けると、どんどん地力が失われていくのです。地力が失われていくとどうなるのか。冷害、凶作をまともに受けるわけです。この大正2年の大凶作は、空知、上川地方の稲作地帯ではコメの1粒も収穫できずに餓死者も出たといわれるほどきわめて厳しい冷害凶作でした。そこで酪農振興を真剣に考え、そして本格的にやり始めたのです。
  しかし、大正12年に関東大震災が発生し、その時に海外からいろんな義援物資が送られてきます。その中にバターなどの乳製品もありました。何しろ東京に食べ物が無いわけですから、その状況において海外からの物資に高い関税をかけるのはどうかという議論から関税が大幅削減された。そうなると、安い海外製品によって、高い国内製品が売れなくなる。乳製品も同様で、日本の乳業メーカーは酪農家から牛乳を買えなくなる。そこで酪農家が皆で出資して、自ら加工して販売する目的で設立されたのが雪印なのです。

 北海道で酪農振興が本格的になり、雪印ができ、そして酪農義塾ができた歴史。今こそそういう原点に戻って、しっかりとした地域作り、社会作り、農業や酪農の振興をやっていくべきだと思います。ここ2〜3年の生乳の減産計画、エサ高、農村の過疎化、あるいは地域の経済格差の拡大といったことを考えると、今がそういった事態を見直すことができる最後の時期に差し掛かっているのではないかと思うのです。ただ単に乳量だけ出れば良いというのではなく、地域全体、社会全体のなかで、農業や酪農がしっかり機能している。それを消費者の応援を得ながらやっていくようにならないといけないのではないかと思うのです。

デンマークをモデルとした国づくりと農業振興を
  今、北海道では水田の6割でコメ以外の作物を作っている状況です。ここは余っている水田の生産力を生かして、北海道の酪農振興のために、粗飼料を水田で作る努力を拡大しなければならないと思います。日本人の食生活は戦後からどんどん変わってきました。以前のようにコメと味噌汁と漬物だけという食生活には戻るとは考えられない。ですから山を使い、水田も使って、持続可能な、地域の環境問題をも考慮した酪農や畜産といったものをしっかり根付かせていく必要がある。これを大きく連携しながら、政治家も、自治体も動かしながらやっていく。いかに食料自給率を上げていくか、これは日本の、北海道の最大の課題ではないかと思います。安心して食べられるものを、ちゃんと国内で自給するべきだということが、今、国民が求めていることだと思います。そのことに対する生産者側の声を、農業に携わっている人たちが真剣に、あらゆる機会を通じて、国民一人一人に訴えていくことが必要なのではないでしょうか。

 たとえばデンマーク。酪農学園もデンマークの農業をモデルとしながらやっています。ウィスコンシン州で酪農を学んだ、北海道酪農の父と言われる宇都宮仙太郎氏も、やはりデンマーク農法の導入に尽力しました。大正12年には宮尾舜治北海道長官も、いろんな反対を押し切って、デンマークから酪農家を招聘し、酪農を根付かせようとしたわけです。
  私は、今もデンマークは確実に北海道や日本の農村のモデルになる国だと思います。デンマークのエネルギー自給率は、現在137%です。しかし、オイルショックがあった1973年のエネルギー自給率はたったの2%だったのです。そしてデンマークのエネルギー計画によると、2030年には風力やバイオガスといった自然再生エネルギーの割合を50%にする計画です。
  また、デンマークの食料自給率は300%といわれています。デンマークも過去には非常に厳しい状況が続きました。遡ればドイツとの戦争に負けて、肥沃な土地を奪われてしまったところからスタートしたわけなのです。デンマークは以前、イギリスに穀物を輸出していました。しかし、イギリスはポーランドから安い穀物を輸入し始め、デンマークは窮地に追い込まれました。そこでデンマークは穀物生産から、豚や牛を飼い、畜産による国作りに政策転換していったのです。
  現在、デンマークの国民一人当たりGDPは世界第4位です。日本の国民一人当たりGDPは1993年頃には1位でしたが、今では16位まで低下しました(2007年 The World Fact Book、CIA)。資源が何もないデンマークのGDPが世界第4位なのです。ですから私たちは、今一度そのようなことを頭に置きながら活動していくべきだと思います。

今こそ農業・農村を土台とした新たな資本主義経済の構築を
  今年に入ってからの株安や、経済の異様な動きを見ていて、私はある本を思い出しました。インドの経済学者であるラビ・バトラという人が書いた、『1995 2010世界大恐慌 資本主義は爆発的に崩壊する』(総合法令、1994年10月出版)という本です。この本が出版されたのは今から14年前ですが、この本には「資本主義は爆発的に崩壊する。しかし、その後には理想の社会が出現する」と書いてあるのです。その理想の社会がどのようなものなのか私にはよくわかりませんが、端的にいえば協同というか、共生というか、そういった社会のようです。

 今、どんどん自由貿易が進んでいます。しかし、自由貿易というのは各国の競争をどんどん煽るだけなのです。その結果としてどうなっていくかといえば、コストダウン、コストダウン…。ですから企業は、日本で工場が成り立たなくなると、収支を合わせるために海外に工場を建設するのです。フランスもドイツも同じで、どんどん国外に流れていく。一方、国内でコストダウンのために何をするのかといえば、どんどん賃金を下げること。つまりコストダウンを進めていくと、最終的には賃金に辿り着くのです。その結果、今の日本は戦後最長の景気拡大を続けていながらも、2006年のサラリーマン所得は前年対比マイナス0.4%と、前年割れが続いているのです。

 先ほど紹介したラビ・バトラ氏の本には、「自由貿易は国を滅ぼす」と書いてあります。「そうさせないためにはいかに内需を拡大させるかである」とも書いてあります。つまり、いかに自給を高めていくか、そういう社会をつくらなければならないのです。
  北海道の景気は悪いですが、この負のスパイラル状態が続くと、北海道の経済はますます悪くなっていきます。その状況のなかで今できることは何かと言えば、農業や酪農を振興して内需を拡大させるしかないのです。黒澤酉蔵先生がおっしゃる、「人間が食べられないものを食べられるものに変えていく酪農」こそ、素晴らしい産業なのです。そして酪農は土も良くする。北海道が酪農振興してきたのも、やはり土を良くしていこうということが始まりだったのです。
  "大地を汚すものは国を滅ぼす"ということを、酪農によってしっかり示していくべきだと思います。鉱物資源は必ず掘り尽くされます。しかし土は、耕し、酪農を営んでいけば、養分は蓄積されていくのです。そのことを、我々はもっと大切にしていかなければならないと思います。

農村を復興し、新しい時代を切り拓く
  現在の世界情勢や日本の情勢を見たときに、国民の意識を変えようとする私たち農業関係者の行動力が問われているのだと思います。まずは"考える"ということが必要でしょう。国民が求めるさまざまなニーズにしっかり答えていくというスタンスを持つ。つまり国民が求めるものを作ってあげればいいのです。国民が求めるものを作るのにこれだけ費用がかかると説明すれば、国民はちゃんと納得してくれるはずです。我々はそのような精神をもっと大切にしながら、仕組みを構築していくことが大切なのではないかと思います。

 そして農村振興を考えたとき、私は農業や酪農はただ単に食べ物を生産するだけではなく、もっと農村が持つ魅力ある資源を活用するべきではないかと考えています。今、農村では、ふれあいファームや酪農教育ファームなどをやっていますが、もっと都会の消費者を受け入れながら、国民に対して農業や酪農そして農村が果たす機能の大切さというものを伝えながら、一緒になって農村社会を作っていくことが求められているのではないかと思うのです。
  あるいはこれから先、環境問題は益々重要になっていきます。その状況のなかで農村環境をしっかり守りながら農業や酪農を営んでいく。美しい田園を持続させ、次世代に美しい景観を残す活動のなかで、その結果としてお金が生まれるという仕組みも必要なのだろうと思います。
  さらには、それら農村交流や環境保全といった活動によって、新たな雇用の機会ができれば、より多様性が生まれます。もし農村に新たな雇用の場がないとすれば、農村はますます過疎になり、医者もいなくなり、学校もなくなる。そんな環境では、どんな立派な酪農もやれなくなってしまう。ですから、もっと多様な人が住めるような農村を作っていくことが必要で、そのなかで酪農という総合産業が発展していくのが理想ではないかと思います。

 ご静聴、ありがとうございました。

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