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No.6 平成18年度酪総研シンポジウム「フードシステムからみた生乳需給の現状と展望」 東京大学大学院 教授 鈴木 宣弘

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7.国際化への対応−消費者との連携
 WTOのドーハ・ラウンド交渉は中断しているが、米国の中間選挙も終わり、再開に向けての何らかの動きがあるかもしれない。この交渉では、最悪のケースは、米国提案の75%の上限関税が導入された場合であり、この場合は、生乳換算で40円程度の乳製品と競争する必要が生じ、我が国の加工原料乳価が40円まで下がる可能性がある。これは、単純には、2004年のバターのCIF価格270円/kgに75%関税をかけると472.5円で、これをバターの生乳換算率12.34で割ると、38.29円/kgとなることから試算したものである。
 これに、現行の補給金(ゲタ)が約10円乗っても50円、さらに輸送費見合いの約20円程度を足すと都府県の飲用乳価になるという構造が維持されるとしたら、飲用乳価は70円程度になるということである。つまり、
 60(加工原料乳価)+10(ゲタ)+20(輸送費)=90(飲用乳価)
 の代わりに、
 40(加工原料乳価)+10(ゲタ)+20(輸送費)=70(飲用乳価)
 ということである。
 かりに、固定的な10円のゲタではなく、伸縮的なゲタによって現行水準を維持しようとすれば、
 40(加工原料乳価)+30(ゲタ)+20(輸送費)=90(飲用乳価)
 となり、財政負担額は、現行220億円の3倍の660億円となる。
 もし、豪州とのFTA交渉で、かりにも乳製品がゼロ関税になったら、加工原料乳価は20円になってしまう。そうなると、加工向けは実質的に消滅する(生乳生産は500万トン弱に減少、付表1,2参照)ので、上式のような加工向けと飲用向けとの関係式はもはや成立せず、飲用乳のみの市場で、乳価が形成されることになろう。かりに、同様に、固定的な10円のゲタではなく、伸縮的なゲタによって現行水準を維持しようとすれば、
 20(加工原料乳価)+50(ゲタ)+20(輸送費)=90(飲用乳価)
 となり、財政負担額は、現行220億円の5倍の1,100億円となる。
 しかし、飲用乳市場も安泰とはいえない。近隣の中国では、生乳の農家受取価格は20円程度で、近年、一年に400万トン、日本の北海道の生産量分ぐらいが増加するという、驚異的な増産が続いており、近い将来輸出余力を持つ可能性がある。そうすると、衛生水準がクリアされれば、生乳(未処理乳)は、21.3%の関税さえ払えば、いまでも輸入可能なのである。こうなると、輸送費を足しても30円強の飲用乳価と競争できるかという話になる。
 加工原料乳の取引価格は下落しても飲用乳価は維持されるという制度体系は、飲用乳について海外からの直接的競争がない下では成立するが、近隣の中国や韓国からの飲用向け生乳の流入の可能性も考慮すると維持できなくなる可能性がある。その場合は、プール乳価を基準にした全体への直接支払い等が検討されなくてはならなくなり、財政負担が大幅に膨らむ。
 以上のような競争が、かりにも現実になった場合、日本酪農がいくら規模拡大してコストダウンしても、どんなメガファームであっても、コスト競争では勝てる見通しはない。したがって、我々が目指すべきは、環境にも牛にも人にも優しい環境保全・循環型の酪農経営に徹して、消費者に自然・安全・本物の牛乳を届けるという食にかかわる人間の基本的な使命に立ち返ることではなかろうか。それによって、地域の消費者と密接に結びつくしかない。
 EUの事情は、差別化の可能性を検討する意味でも参考になる。例えば、イギリス酪農とイタリア(特に南部)の酪農には大きな生産性格差があるが、EUの市場統合にもかかわらず、各国の多様な酪農は生き残っている。ナポリの牛乳はリットル約200円で日本と変わりない。これは、イタリアのスローフードに象徴されるような地域の食材、地域の食生活を大事にする民族性により価格以外の差別化が可能になっているという点が見逃せないように思う。
 こういう方向性は、かりに国際化による安い乳価との競争の時代となっても国産を差別化して生き残る道を提供し、さらには、日本からも、安全・安心・高品質の牛乳・乳製品の新たな販路をアジアに見出すことにもつながる。

付表1 日豪EPAによる国内生産の減少額の推計(農林水産省等による試算)
生産減少額 備考 追加的な補填必要額
小 麦  ▲1,200億円 (▲ 99%) 1,000億円(品目横断的経営安定対策の財源不足)
砂 糖 ▲1,300億円 (▲100%)(てん菜糖・甘しゃ糖計) 630億円(調整金収入の減少) 670億円(てんさい、さとうきび対策の財源不足)
乳製品 ▲2,900億円 (▲ 44%)(生乳) 900億円(加工原料乳価補填)
牛 肉 ▲2,500億円 (▲ 56%) 300億円(肉牛経営の損失補填) 800億円(牛肉関税財源の減少)
コメその他 ▲6,000億円
▲14,000億円 計4,300億円
関連産業・地域経済の損失 ▲16,000億円
▲3兆円
自給率 40% → 30%
注: 小麦、砂糖、乳製品、牛肉については農林水産省。それ以外は自民党による。


付表2 日豪EPAが北海道経済に与える損失(億円、北海道庁による試算)
品 目 項目 損失額
肉牛 生産 422
屠畜場 34
その他 529
酪農 生産 2,369
乳業工場 3,176
その他 3,112
小麦 生産 852
製粉工場 179
その他 508
てんさい 生産 813
製糖工場 1,025
その他 697
合計 13,716
注: その他の影響には、運輸業やサービス、商業、金融、ガス、通信、建設等を含む。
資料: 日本農業新聞2006.11.29から転載。

 (注)WTOの農業保護削減交渉に加え、日豪EPA交渉の交渉入りが決まり、国内的にも、経済財政諮問会議から、日本の農産物の国境措置撤廃の工程表を作成せよ、との指示が行われたり、日本農業は過保護だから譲るべきだと国内外から責められてばかりで、皆さんも何か後ろめたい気持ちになったり、元気をなくしてはいないだろうか。それは大変な間違いである。我々は何も悪くない。世界には本当に悪い国々がたくさんある。彼らの思うようにされるわけにはいかない。今回のWTO交渉でも、米国の国内保護(実質的輸出補助金)が世界からやり玉に挙がり、決着できなかったことは、この見解が正しかったことの証左といってよい。意を強くし、元気を出して、バランスの取れた農産物貿易ルールを確立し、日本農業・酪農の明るい未来を築いていかなければならない。実質的な輸出補助金が野放しである以上、関税削減は受け入れられない。
 我が国は高い国境の防波堤と国内での手厚い価格支持政策に支えられた農業保護大国であると内外から批判されがちだが、国境の防波堤が高いというのも、手厚い価格支持政策に依存しているというのも、いずれも間違いである。
 我が国の農産物の平均関税率は12%であり、農産物輸出国である欧州連合(EU)の20%、タイの35%、アルゼンチンの33%よりも低い。品目数で農産物全体の一割程度を占める最重要品目を除くと、野菜の3%に象徴されるように、他の農産物関税は相当低く、いわば、コメ・乳製品・肉類等、わずかに残されたものを守ろうとしているだけのけなげな姿だというのが実態ではなかろうか。
 国内保護政策についても、コメや酪農の政府価格を世界に先んじて廃止したから、我が国の国内保護額は絶対額では米国の半分以下であり、農業総生産額に対する割合でみても米国と同水準になっている(しかも、米国は酪農の保護額を実際の4割しか申告せずに、表に出ない保護を温存している)。
 消費者の求める品質・安全性に応えるべく国内生産者が努力した結果である「国産プレミアム」が、国際的な保護指標では、「非関税障壁」による内外価格差として算入され、国内外で誤用されている。
 我が国の市場開放度の高さは、食料カロリーの海外依存度が60%という事実が端的に物語っており、そうした国が、残された最低限の一割程度の品目について、国家安全保障上の観点からも特別な配慮を求めることは当然の権利である。したがって重要品目に関する我が国の主張は、けっして国際的に批判されるべきものではない。
 過度の関税削減を回避するための最大のポイントとして、日本提案の大きな柱の一つが「輸出国と輸入国の規律の公平性確保」であるように、市場アクセスの合意水準と撤廃対象となる輸出補助金の範囲をリンクさせるべきだという主張は合理的である。2013年までに全廃される予定の輸出補助金は「氷山の一角」であり、このままでは関税の低くなった日本市場に実質的輸出補助金による低価格農産物がなだれこむ不公平な貿易が認められてしまうことになりかねない。最近のWTOのパネル(紛争処理委員会)裁定は、カナダの用途別乳価制度、EUの砂糖制度、米国の農業政策の根幹をなす不足払い制度等を実質的輸出補助金と認定したに等しいのである。このことは、豪州のAWB(小麦ボード)や多くの国の砂糖輸出も含めて実質的輸出補助金が数多く放置されていることを意味する。我が国としては、それらを輸出補助金相当額として理論的・実証的に明示しつつ、一連のパネル裁定をWTO交渉本体での廃止されるべき「あらゆる形態の」輸出補助金の定義に反映することが合意されなければ、市場アクセスにおける合意も承認し難いと主張するくらいの対応が必要であろう。
 しかしながら、例外品目の関税が500%や1000%でも無制限に高くてもよい、ということが認められる可能性は高いとは言えないのも事実である。いく つかの農産物輸出国について、世界的に最もセンシティブな品目である乳製品についてみてみると、カナダのバター300%、脱脂粉乳200%、EUのバター200%、米国のバター120%、脱脂粉乳100%、タイの脱脂粉乳220%、という具合である。したがって、上限関税が200%程度になる可能性はあると見込まれた。しかし、実際には、
  日本  導入拒否
  EU    100%
  米国   75%
  ブラジル 100%(先進国はさらに)
 という具合で、特にEUが予想外に低い水準を提示したため、かなり低い水準で議論が進んでいることに注意しなくてはならない。

図1 様々な輸出補助金の形態と輸出補助金相当額(ESE)
資料: 鈴木宣弘作成。

8.牛乳・乳製品の日韓中共通市場化の可能性
 普段我々が日本の9ブロックでの生乳・牛乳の移出入を当たり前のように思っている延長線上で考えれば、地理的には、それが韓国と中国沿岸部を含めた11地域に拡大しても自然なのであり、韓国や中国との生乳・牛乳の輸出入を「ありえない」ことのように考える方が不自然である。すでに、野菜等は、そういう産地間競争の時代に突入していることからしても、牛乳や畜産は例外という特別な理由があるだろうか。

(1)韓国や中国生乳・乳製品は日本に来るか?
 韓国の生乳生産費は日本の6割の水準(44.5円/kg)である。費目別にみると、家族労働費の評価額のほかは、濃厚飼料費、素畜費の差が大きい(なぜ同じ米国からの輸入飼料で大差が生じるのかは検証すべき)。ただし、北海道については、飼料費に占める粗飼料の割合が韓国とほぼ同じで、飼料費にはほとんど差がない。韓国の生産者乳価は600ウォン(60円)(ただし、最近730ウォンまで上昇)で、九州までの輸送費が高く見積もっても10円程度だから、関税がなければ、70円程度で輸入可能であり、日本の飲用向け生乳価格90円をかなり下回る。かりに、日韓FTAに生乳が含まれたらどうなるか。最も近接する九州について影響を試算してみると、
 韓国からの輸入量 21.4 万トン
 九州の乳価 86.3円 → 72.3円 ▲16%
 韓国の乳価 60円  → 62.3円 +3.8%
 九州の生乳生産 数年のうちに 87.7 → 61.8 万トン ▲30%
 韓国の生乳生産 234 → 241.8 万トン +3.3%
 九州酪農にかなり大きな影響が出る可能性がある。
 韓国の200万トン強の生産量は日本全体と比較すれば小さいという見方もあるが、産地間競争と考えれば、けっして小さな量だから問題にならないという議論はできない。
 牛乳・乳製品が完全に例外にできたとしても、何百%の関税があるバターや脱脂粉乳と違い、生乳(未処理乳)はUR(ウルグアイ・ラウンド)前から自由化品目であり、関税率は現在21.3%。つまり、韓国の60円の乳価と10円程度の輸送費を考えると、現状でも輸入が生じてもおかしくない水準に近づいている。韓国は現状では日本向け生乳輸出は収支トントンの水準と判断している。その場合、家畜伝染病予防法上、生乳については非加熱なので、まず、日韓の家畜衛生当局で衛生条件を締結する必要。これが非関税障壁の問題と関連してくる可能性がある。韓国では、日本では認可されていない遺伝子組み換えの牛成長ホルモン(bST)が生乳生産に使用されているという問題も浮上。ただし、一方で、同様にbSTが認可されている米国から輸入されるアイスクリームやチーズはbSTを含むが、表示義務もなく消費者の口に入っている事実がある。
 また、韓国の乳製品関税は40数%と我が国よりかなり低いため、加工原料乳市場が海外乳製品に奪われ、加工に向けられない余剰乳問題の解決が大きな課題。飲用比率が8割と高いのはそのためである。
 しかし、かりに、中国も参加して日韓中FTAが成立し、生乳の衛生条件もクリアされたとしたら、どんなことになるか。そうすると、中国の「一人勝ち」となり、九州の生産は壊滅的打撃(8割減)を受け、中国から九州への輸入量は、125.7万トンに達し、韓国も大量の生乳を中国から輸入することになる可能性がある。中国の乳価は20円だから、21.3%の関税は全く役に立たない。これはFTA以前の問題である。
 ただし、以上は、日中韓の生乳に対する消費者の評価が同じという前提での話である。問題は日本の消費者の韓国や中国の生乳に対する評価。「国産プレミアム」をある程度見込むことができれば、影響は大きく緩和されるであろう。牛乳は輸入が行われていないので比較できる現状データは存在しないが、九大生のアンケート調査(図師2004)によると、日本で180円の最も標準的な牛乳が、かりに韓国産、中国産だったら、いくらなら買うかという問いに対して、平均で、
 韓国産 94.5 円 (「国産プレミアム」が85.5円、90.4%)
 中国産 72.9 円 (「国産プレミアム」が107.1円、147.0%)
 という回答が得られている。中国が製品レベルで70円程度で供給できれば、日本に買い手がいることにもなるが、とにかく、日本の消費者の国産への高い評価にさらに応え続ける努力に活路を見出す必要がある。
 上記アンケート調査でも、多少安ければ海外の牛乳を飲むという価格志向派の大学生から、不安があるのでタダでも飲まないという主婦まで、回答には大きな幅がある。つまり、消費者の属性によって、比較的海外産に流れやすい人達と国産志向の人達がいる。これは、海外でも同様のはずであり、韓国や中国にも、日本の牛乳・乳製品の安全性・高品質に関心を持つ消費者は必ずいるであろう。

(2)日本の生乳・乳製品も韓国・中国へ
 一方で、韓国には、北海道が30〜40円程度のチーズ向けよりソウルへホクレン丸を向かわせる選択を懸念する見方がある。実は、これは日本側にとって、いま重要な選択肢。チーズ向けを増やすと、北海道のプール乳価が下がり、府県との乖離が広がる。チーズ向けを増やすより、府県向け生乳移送を増加するか、産地パックを拡大してパック牛乳の府県向け移送を増加する方がメリットがある。どこまで、北海道に我慢してもらえるか。これは、新たな「南北戦争」の火種で、府県にとっても大問題と認識すべし。
 その一つの解決策として、ホクレン丸がソウルに向かうという選択肢。韓国の生産者乳価は73円に上昇しており、ソウルまでの輸送費15円程度、関税36%をかけても、35円程度のチーズ向け乳価よりは高い手取りが確保できる可能性。韓国はbSTを使用しているので、non-bST牛乳をキャッチ・フレーズにする選択肢も。
 九州大学の狩野秀之助手の試算によれば、日韓の生乳の関税が撤廃された状況で、日本の9ブロックと韓国を合わせた10地域の産地間競争モデルを解くと、北海道から韓国への76.6万トンという大量の輸出の可能性が示唆されている。一方、韓国も、北海道を含む日本の各地域へ生乳を輸出する可能性が示されている。とくに、関東への22.4万トン、九州への16.4万トン、近畿への16.1万トンが大きく、総計90.1万トンが韓国から日本に輸出される。九州からも韓国に14.8万トンの輸出が見込まれるため、北海道からの76.6万トンと合わせると日本からも韓国に91.4万トンの生乳輸出の可能性があり、まさに、日韓生乳市場は「双方向貿易」(産業内貿易)になる可能性がある。
 さらに、中国は、生乳者乳価は20円程度と非常に低いが、抗生物質検査も行われておらず、抗生物質入り生乳なので発酵せず、ヨーグルトも作れない状態だとの情報がある(牛乳を飲むと病気が治ると言っているうちに薬が効かなくなってくる)。上海人口1,400万人の7%、約100万人で、さらに増えつつある桁外れの富裕層は、高くても日本の野菜や牛乳を購入したいという(日本に輸出されている中国の野菜は食べずに)。実際、千葉県酪にも商談があった。だから、さらに九州等は、地の利を活かして、航空便の三分の一のコストで運べる高速の船便SSE(上海スーパーエクスプレス)等を活用し、non-ペニシリン牛乳をキャッチ・フレーズに上海で牛乳・乳製品を販売する選択肢も。こうして、日韓中は共通市場で「双方向貿易」になる。
 他の乳製品輸出国は、直接・間接の輸出補助金をふんだんに使うことで、輸出や援助を成立させていることはよく認識する必要がある。特に、EU、カナダ、米国は手厚い保護の結果として生じた余剰をダンピング輸出している。豪州さえも自らの輸出補助金は認めないのである。なお、米国は、米国産の肉類や乳製品の海外での精力的な販売促進活動へも政府資金をかなり投入している。これも隠れた輸出補助金といえなくもないが、逆にいえば、我が国だけが、丸裸で戦うのは不公平で、他国を真似た輸出支援のさらなる拡充も必要であろう。

9.チーズ生産に過度の期待はできない
 米国の牛乳・乳製品の中で、今も一人当たり消費量が増加しているのはチーズのみである。つまり、長期的にみて我が国の牛乳・乳製品の中で需要拡大の余地の最も大きいのはチーズである、というのは、牛乳・乳製品の消費において我が国より長い歴史を持つ欧米諸国の経験に照らしても、妥当な見通しだと思われる。しかしながら、だからといってチーズ向け生乳を増加させていけばよいということには短絡的には結びつかない。

チーズ乳価水準
 我が国の2004年度のナチュラルチーズ輸入量は約21万トンで、生乳換算すると、約280万トンにも及ぶ。ナチュラルチーズは、すでに昭和26年に輸入が自由化され、現在の関税率は29.8%である。2004年度の輸入価格は生乳換算で26円、関税を加えても34円である(表3)。国際需給の逼迫で価格が高騰した2005年末でも、生乳換算で31円、関税を加えても41円である。

表3 最近のナチュラルチーズ輸入価格の推移
輸入ナチュラルチーズ
CIF価格
輸入ナチュラルチーズ
生乳換算価格
(CIF価格/13.43)
輸入ナチュラルチーズ
関税率
輸入ナチュラルチーズ
関税込生乳換算価格
(CIF価格×関税率/13.43)
円/kg 円/kg % 円/kg
2002年12月 351 26.14 29.8 33.92
2003年12月 341 25.39 29.8 32.96
2004年12月 361 26.88 29.8 34.89
2005年12月 421 31.35 29.8 40.69
 2004年度 347 25.84 29.8 33.54
資料:j-milkホームページ。

 すでに、このような大量の輸入が入ってきている中で、高品質の国産チーズをめざすとはいっても、輸入品に対抗するには、基本的には35円弱、最近の国際的な乳製品需給逼迫が一時的なものでなく中国の需要増等により長期的基調となるとしても40円程度の原料乳価レベルを念頭に置かざるを得ないであろう。

北海道の選択肢
 10円程度の補給金を見込んでも、チーズ向け乳価はせいぜい45〜50円である。この乳価水準での仕向けを増加するということは、北海道にとって、どういう意味を持つであろうか。
 表4は、不正確さをお許しいただくとして、非常におおざっぱに、北海道の生乳販売の内訳と乳価を推定したものである。飲用向けは100万トン程度で、その内訳は50万トン程度が生乳で都府県に運ばれる分、残り50万トンは道内の飲用消費向けと、道内で飲用パックにされて都府県に移出される分が約半々程度である。乳価は、都府県移出分は特定乳製品向け(限度数量内で補給金対象)より若干高い程度、道内向けは都府県の飲用向け乳価と同程度と見込んだ。加工向けは280万トン程度あるが、約10円の補給金対象の特定乳製品向けが180万トン、残り100万トンがその他乳製品向けで、乳価は、それぞれ70円、60円程度と見込んだ。以上から計算すると、自家消費等を除いた販売総計380万トンでの現状の平均乳価は約70円とみられる。

表4 北海道の生乳仕向けの内訳と乳価のイメージ
生乳仕向量 乳価
万トン 円/kg
飲用 道外生乳移出用 50 75
道外パック移出用 25 75
道内飲用乳用 25 90
加工 特定乳製品向け 180 70
その他乳製品向け 100 60
生乳販売計 380 70

 さて、北海道がチーズ向けの仕向けを大幅に拡大し、その他乳製品向けの乳価が平均45円程度に下落したとすると、それ以外の用途はそのままとした場合、北海道のプール乳価は4円強下がり、66円を少し下回ることが見込まれる。

表5 チーズ向けを大幅に増加した場合の北海道の生乳仕向け内訳と乳価のイメージ
生乳仕向量 乳価
万トン 円/kg
飲用 道外生乳移出用 50 75
道外パック移出用 25 75
道内飲用乳用 25 90
加工 特定乳製品向け 180 70
その他乳製品向け 100 45
生乳販売計 380 65.7

 このように北海道のプール乳価は下がり、都府県との乳価の乖離が広がる。北海道としては、それより飲用の産地パックを拡大してパック牛乳の都府県向け移送を増加する方がメリットがある。すでに、北海道から、生乳ではなく、産地パックの形で送られた北海道牛乳が都府県市場に増大し、九州やその他の都府県産地の生乳需給に大きな影響を及ぼしている。北海道は、それをさらに増加せざるを得なくなる。ただただ北海道に我慢してほしいというのは無理がある。

加工原料乳価の下落は飲用乳価に波及する
 チーズ向けを増やすということは北海道の加工原料乳価が次第に下がっていくことを意味するが、市場が競争的であれば、それは飲用乳価の下落につながることを忘れてはならない。
 競争が自然体で行われるならば、北海道は生乳を加工向け(チーズ向け)に販売するか、輸送費をかけても都府県の飲用向けに販売するかの選択に迫られる。確かに、北海道はすでに現在でも限度数量内の特定乳製品の販売価格約60円に補給金を加えた約70円よりもかなり安いチーズ向け等にも販売しているが、その量がそれほど多くはないので、現状の都府県の飲用乳価について、おおよそ、
 60(北海道の加工原料乳価)+ 10(補給金)+20(北海道から都府県への輸送費)
 =90(都府県の飲用乳価)
 の算式が、かろうじて成立しているのものと考えられる。
 しかし、今後、チーズ向けの戦略的な拡大が行われると、この算式の「60(加工原料乳価)」で意識されるベースになる加工原料乳価が次第に下がっていくことは否定できない。もちろん、同じことは、WTO農業交渉の結果によっては、バター・脱脂粉乳等の特定乳製品の関税引き下げによっても引き起こされることも考えておかねばなるまい。
 表6には、チーズ仕向けの増加等により加工原料乳の取引価格が毎年2円ずつ下落していく場合の影響の仮想的試算を示した。加工原料乳の取引価格がチーズ向けの高めの水準である40円程度にまで下落すると、現行制度における補給金(ゲタ)、激変緩和補填(ナラシ)を加えても、ホクレンの加工原料乳の受取乳価は53円強になる。都府県の飲用乳価は73円で、全国平均のプール乳価は68円程度と試算されている。生乳生産は700万トン程度に落ち、乳製品輸入が増加し、自給率は40%強にまで下がることが見込まれている。生乳過剰は確かに解消されるであろうが、これでは、自給率向上どころではない。
 表7のとおり、実搾乳量ベースでの生乳生産コストは北海道で74円/kg、都府県で90円/kgであるから、北海道の加工原料乳の手取りが53円強、都府県の飲用乳価が73円という状況は、現状の生乳生産費レベルからすると、北海道にとっても都府県にとってもたいへんなことになる。このように、単純にチーズ向けを増やしていけばよいという議論には限界がある。

表6 チーズ仕向けの増加等により加工原料乳価が漸次下落していく場合の影響の仮想的試算
注: 加工原料乳の取引価格が毎年2円下落すると仮定。ゲタ=特定乳製品向け加工原料乳への補給金。ナラシ=生産者と政府が1対3の比率(生産者1kgあたり40銭、政府1円20銭)で基金を造成し、過去3年分の加工原料乳価の平均に比べて当年の加工原料乳価が下落した場合、その下落分の80%を、この基金から補填するという仕組み。


表7 生乳生産費の比較(平成16年、円)
生乳1kg当たり生産費 都府県 北海道
実搾乳量 89.64 74.03
3.5%脂肪換算乳量 79.74 63.94
8.3%SNF換算乳量 85.34 70.26
資料: j-milkホームページ。

10.選択肢を増やして手詰まり感を打破する
 このような状況を回避するためには、いくつかの対策を有機的に組み合わせて、全体として選択肢を増やした生乳需給調整システムを構築し、閉塞感を打破する必要がある。我が国の牛乳・乳製品フードシステムへの「入」を可能な限り抑制し、システム内での循環、及び「出」を増やさなくてはならない。
 政策的には、趨勢的な乳価下落の下では下支えにならないという現在の「ゲタ」と「ナラシ」の限界(図2参照)を克服するような伸縮的なゲタ(ある目標水準との差額を補給するシステム)の検討が避けられない。それから、
 (1)全国9ブロック体制をさらに集約し、全国的な配乳調整と販売収入の分配ルールを策定する、
 (2)酪農協の乳製品加工施設を充実し、余乳処理能力を高める、
 (3)余剰乳製品を人道的見地から機動的に海外食料援助に振り向ける、
 (4)国産牛乳・乳製品のアジア諸国への販路拡大に努める、
 (5)環境にも牛にも人にも優しい循環型経営の遵守を支払い要件とする施策範囲をもっと広げる、
 といった対策が必要であろう。
 豪州との競争が、かりにも現実になった場合、また、中長期的には、韓国や中国との飲用乳をめぐる競争も視野に入れる必要があるのであるから、日本酪農がいくら規模拡大してコストダウンしても、どんなメガファームであっても、コスト競争では勝てる見通しはない。規制緩和さえしてくれれば、自分たちだけは従来路線の延長で生き残れると考えている大規模経営の経営者がいるとすれば、それは誤解していると思われる。
 したがって、消費減退に歯止めをかけ、計画減産を単なる後ろ向きのものにしないためにも、我々が目指すべきは、環境にも牛にも人にも優しい草地依存型・地域資源循環型の酪農経営・乳業経営に徹して、消費者に自然・安全・本物の牛乳を届けるという食にかかわる人間の基本的な使命に立ち返ることである。それによって、まず、地域の、そして日本の消費者ともっと密接に結びつくことが第一であろう。そのことが、かりに国際化による安い乳価との競争の時代となっても、国産牛乳・乳製品を差別化して生き残る道を提供し、アジアに販路を見出すことにもつながる。
 大規模化や経済効率の追求を否定するつもりは、まったくないが、それが、環境にも牛にも人にも優しく、消費者に自然・安全・本物の牛乳を届けるという本来の使命を果たしつつ進められなければ、これからは生き残れないであろう、つまり、本当の意味での経済効率を追求したことにはならない、ということである。
 しかし、土地の制約が大きい我が国で、環境にも牛にも人にも優しい草地依存型・地域資源循環型の酪農経営を行うということは、限られた草地で飼養できる乳牛の数の制約から、現状よりも乳牛頭数を大きく減少させることを意味し、1経営当たりの存続に必要な収入の確保を困難にし、全体としては日本の牛乳・乳製品の海外依存度を高めることになりかねない。
 そこで、それを打開するために、優良牛群による一頭当たり乳量の底上げが必要になるのである。放牧的な経営への方向と一頭当たり乳量の底上げとは一見矛盾するようではあるが、「無理のない」優良牛群の形成は、両者を両立させると考えられる。
 過去40年間の我が国の搾乳牛一頭当たり乳量の推移を見てみると、1966年の約5,300kgから2005年の約9,000kgまで、ほぼ直線的に、着実に伸びてきている。もちろん、確かに草地依存型経営は、平均的には一頭当たり乳量が落ちる。北海道の天北農試等による天北地域の2001年の優良事例の比較データでも、舎飼経営の平均が8,600kgなのに対して、放牧経営は7,800kgとなっている。しかし、調査に協力した13戸の放牧活用経営の中でも、バラツキは大きく、放牧依存度が4割を超える経営でも、一頭当たり平均乳量が8,300kgを超える経営もある。
 したがって、今後は、放牧型経営の一頭当たり乳量を無理なく底上げできるような牛群の形成、乳牛の改良を重点的に行うことによって、放牧型経営の一頭当たり乳量の増大を実現することが不可欠ではないかと思われる。
 なお、窒素負荷を軽減する観点から、さらに付け加えるならば、現状では、飼料の70%が糞尿として排泄されてしまっていることに鑑み、糞尿面からみた飼料効率の高い乳牛への改良という観点を取り入れることも必要であろう。

図2 「ゲタ」と「ナラシ」の効果と限界
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第2講演 「国際市場動向とチーズ国産化の可能性」 チェスコ株式会社 代表取締役社長 大塚 義幸
第3講演 「国産乳製品需要拡大への実需者からの提言」 株式会社アレフ 代表取締役社長 庄司 昭夫