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No.6 平成18年度酪総研シンポジウム「フードシステムからみた生乳需給の現状と展望」 東京大学大学院 教授 鈴木 宣弘

1.牛乳・乳製品フードシステムをめぐる課題
 我が国の牛乳・乳製品フードシステムをめぐる課題として、
(1)飲用乳消費の予想を上回る減退、
(2)生乳生産の減退基調の鈍化、
(3)それに伴う急速な生乳需給緩和、
(4)打開策としての計画減産の開始、
(5)打開策としてのチーズ仕向け生乳の増加計画、
(6)一方で、WTO(世界貿易機関)・FTA(自由貿易協定)交渉進展による貿易自由化圧力への対応、
(7)逆に、アジアへの日本の牛乳・乳製品の輸出可能性の模索、
(8)高まる環境負荷是正の必要性の高まり、等が挙げられる。

2.全体をシステムとして捉える必要
 牛乳・乳製品のフードシステムを構成する個々のセクターの個々の主体が、政策の変化等に対応して、一斉にある行動をとったときに、それがシステム全体に及ぼす影響を常に意識する視点が必要である。そうした広い視野でのチェック機能を誰が持つべきか、なかなか難しい。
 例えば、家畜排泄物法に対応するためのリース事業で、堆肥化施設が全国的に一斉に増加すれば、堆肥の需要面での対策がセットで実施されなければ、全体としての堆肥需給はさらに緩和され、深刻な堆肥過剰が発生する危険があったが、こうしたトータルの影響についてのチェック機能は、十分に働くかどうかということがある。国の行政組織の性格上、個々の事業を各課が分担して進めるが、それらの全体としての効果・影響を捕らえる機能を持つ部署があるかどうかという点である。堆肥化施設の導入と畜舎の新設がセットで進んだ傾向もあったため、牛乳需給にも影響を与えたとの見解も一部にある。
 いずれにしても、システムを構成する様々な関係者には、それぞれ応分の「責任」があるわけで、それをまず率直に認めることが出発点である。そして、目標は、"システムの閉塞性の打破"である。

3.解決策の短期と長期
 解決策には、短期と長期がある。短期は、関係者が鋭意努力している日々の対応で、極めて重要だが、「その場しのぎ」的になると、根本的な問題の解消にはつながらない。したがって、一方で、やや時間はかかることでも、長期的な解決策を同時に進めることが不可欠である。

4.量か価格か、そして生産調整から販売調整へ
 システムの調整には、量で調整するか、価格で調整するか、の選択がある。飲用乳と乳製品を比べると、相対的に、飲用乳のほうが価格を引き下げたときの需要拡大の余地が小さいので、飲用乳市場への生乳仕向け量を「調整」して、価格暴落を防ぎ、残りを低価格でも加工向けにするのが、全体としての販売者の利益を高めることになる。つまり、価格でなく、量で調整するのが、売り手からみて妥当なのが牛乳・乳製品市場の特質の一つである。
 しかし、国境の垣根が低くなってくると、量で調整して、価格を維持しようとしても、海外からの安価な製品の流入を招くだけになってしまう。この点は、あとで議論する。
 また、量の調整の仕方は、生産調整から販売調整への転換を少しでも進める必要がある。生産調整の強制感が強まると、意欲的担い手が意欲を削がれる危険がある。意欲的な担い手が、ここを辛抱して、将来的な生産基盤の維持・拡大につなげることができなかったら、国民の健康、特に子供の成長に不可欠な基礎食品である牛乳・乳製品の安定供給を将来にわたって確保するという重要な社会的使命を果たせなくなる。多様な販売先、「はけ口」を確保することで、生産での調整を緩め、販売で調整することを可能にしていくことが求められる。

5.「入」が多く「出」がないのが、日本の牛乳・乳製品システムの特質
 例えば、米国では、生乳廃棄というような事態は生じない。なぜなら、米国の酪農協は、日本とは反対に、飲用乳製造施設を持つ所は少ないが、脱脂粉乳やバターへの加工施設(balancing plant)を酪農協自らが持ち、需給調整機能を生産者サイドが担える体制を整えている。それによって、飲用向け供給を過不足なく行う責任を果たしている。もちろん、これが米国で可能な背景の一つは、米国政府が余剰乳製品の買上げ制度を維持し、その最終的販売先として補助金付き輸出や援助を準備していることも大きい。我が国でも、中川大臣の一声で、かろうじて、ウズベキスタンへの脱脂粉乳の援助が行われたが、国としての乳製品のルーチン的な援助システムを確立することについては、依然として、極めて否定的である。
 欧米の乳製品輸出国は、酪農における国際競争力は豪州とニュージーランドが突出しており、他の先進国は、国民に不可欠な牛乳・乳製品の国内生産を確保するには、オセアニアからの輸入に対する防波堤(保護措置)が欠かせない。そこで、欧米の政府は、まず乳製品に対する高関税を維持し、国内消費量の5%程度のミニマム・アクセスに輸入量を押さえ込んだ上で(しかも、ミニマム・アクセスは、本来、低関税の輸入機会の提供であって最低輸入義務ではないから、枠が結果的に未消化になっている場合が多い)、国内では政府買取価格を設定し、余剰乳製品を政府が受け入れ、乳価を下支えしている。そして、過剰乳製品は援助(=見方変えれば全額補助、輸出価格ゼロの究極の輸出補助金)や輸出補助金で海外市場で処分されることになる。海外からの輸入を閉め出しておいて、価格支持により生じた余剰は補助金でダンピング輸出するのである。こうして本来なら輸入国のはずの国が輸出国になっているのである。競争力があるから輸出しているのではないのである。
 これに対して、我が国は、チーズを中心に乳製品の半分は輸入に市場を開放しており、一方で輸出はほとんどない。また、酪農の飼料も80%を輸入に頼っている。このため、食品としてみた場合も、窒素等の環境負荷栄養分でみた場合も、「入」は多く、「出」が極端に少ない構造にある。これが、我が国の牛乳・乳製品フードシステムの閉塞性の大きな原因でもある。

6.需給緩和への処方箋
(1) 消費減退をどう捉えるか
 我が国の飲用乳消費水準はアメリカの40%程度であるが、近年停滞傾向を顕著にしている。しばしば、我が国の飲用比率は60%であり、欧米に比べてまだ高いので、長期的には、まだ伸びると言われてきた。この議論には誤解がある。国産生乳の飲用仕向率は60%であっても、輸入を含めた総消費(生乳換算)に占める飲用比率は、すでに40%で、欧米水準に達しているのである。絶対水準は、まだ欧米よりはるかに低いにもかかわらず、比率的には、牛乳・乳製品消費の飽和の目安とされる40%に達しているのである。
 牛乳・乳製品消費においては、次第に飲用向けよりも加工向けの伸びの方が大きくなり、飲用向け比率が低下し始め、それが40%程度になると、全体の牛乳・乳製品消費も飽和・停滞する傾向がある。その後、伸びるのはチーズで、各国ともチーズのシェアが高まっている。
 我が国の牛乳・乳製品消費の動向については、その絶対水準の低さで可能性がまだ高いと考えるのか、いや、それは日本人における「洋風化」の限界であり、飲用vs加工=4:6の飽和傾向サインを重視すべきと考えるかで、今後の見通しに差が出る。

(2) 即効的な対応
 販売促進については、例えば、牛乳摂取と身長との関係についての明確な因果関係をシンプルなデータで若者に示す等のストレートでインパクトの高い情報の活用が必要である。我々は、平均身長を、遺伝要因、牛乳消費量、肉類消費量等の説明要因で解析している。
 筆者の娘(高校3年生)の身長は遺伝要因で計算すると、152cm止まりのはずなのに、すでに165cmあり、13cmも高い。小さい頃から食は細かったが、牛乳だけはガブガブ飲んでいた。ヤンキースの松井秀喜氏も、両親が背が低いのにとインタビューで聞かれて、同じことを答えていた。背の低い筆者が教壇でこの話をすると、非常に説得力があり、九大の1,2年生、ちょうど親元離れて急に牛乳離れしてしまったばかりの学生達が、授業の感想に「今日から牛乳飲む」と書いていた。
 国別の身長データからは、単純には、牛乳を年間1kg多く飲むと1mm身長が高くなると計算される(参考表1)。日本の若者の平均身長が伸びなくなったことと牛乳消費の停滞とも関係していることは、17歳男子の平均身長の時系列データから、牛乳を年間1kg多く飲むと0.4mm、肉類を1kg多く食べると1.7mm身長が高くなる、と試算される(参考表2)。これらは、やや単純だが、思い切ってこういうデータをストレートに示すことが効果的だと思われる。
 高齢者には、やはり、よく知られている柴田先生の小金井研究を示すのが効果的であろう。70歳時に毎日牛乳を飲む習慣のある男性は、10年後の生存率が80%、そうでない男性の生存率は60%で20ポイントも違うというデータをストレートに示したらどうか。
 キャンペーンの効果については、「認知率」だけを指標にしていては説明不足である。現に、認知率は高くても、消費は減少していることに回答しなくてはならない。娘の高校では、キャンペーンの携帯ストラップやシールがたいへんな人気だが、それと牛乳を飲むことは結びついていないのが現実である。欧米が行っているように、消費が減っても、少子高齢化要因、他飲料との競合の高まり、天候要因等による減少要因を分離すれば、広告効果はプラスであったから、5%減るところを3%の減にとどめることができた、というような説明が必要になってくる。
 もちろん、牛乳批判本の影響も無視できないが、粗食でないと長生きできないという議論はおかしい。日本人が粗食だった20世紀初頭には、平均寿命は30歳台だった。牛乳や肉類や油脂を摂るようになり、平均寿命が伸びたのは明らかである。もちろん、欧米のように摂りすぎれば問題で、日本人は、これまで、そのバランスが比較的適度であったから長寿国になっている。こういう説明をきちんとすべきであろう。

(3) より長期的な方向性
 長引く消費低迷の大きな要因の一つに、食中毒事故時に、食中毒が起こったこと自体以上に、事故で初めて、それが還元乳であることを認識した消費者がたくさんいたということがある。生乳だと思っていたものが水とバターと脱粉の混合だったということが判明した消費者の不信感は大きかった。
 したがって、消費拡大には、薄っぺらな小手先の戦略ではなく、根本的なところで、人の成長に不可欠な牛乳を最良の形で消費者に届けるというミッション(社会的使命)に関係者が誠意を持って取り組む姿勢がないと無理なのではないかと思う。

1) 本来の風味があり栄養価の保持された「本物」の牛乳を提供する
 乳業は、本来の風味があり栄養価の保持された「本物」の牛乳を提供する基本的使命をまず果たした上で、経営効率を問題にするという発想が必要である。特に、大手が、この姿勢を消費者に示さないと信頼回復が難しいのではないか。これは、消費者に受け入れられるかどうかの以前の問題として、食を提供するものの当然の心構えであるはずだ。
 そもそも、日本の消費者が味の違いで還元乳と普通牛乳が区別できないのは、日本では、120度ないし130度2秒の超高温殺菌乳が大半を占めているからである。普通牛乳であっても、(失礼ながら)あまり味覚が敏感とは思われないアメリカ人が「cooked taste」といって顔をしかめる風味の失われた牛乳を日本人は飲んでいるから、還元乳との味に差を感じないのである。アメリカやイギリスでは、72度15秒ないし65度30分の殺菌が大半である。2秒の経営効率に慣れてしまった現在、また、消費者がむしろ「cooked taste」に慣れて本当の牛乳の風味を好まないという側面から、いまさら、業界全体が72度15秒ないし65度30分に流れることは不可能という見解も多い。しかし、消費者の味覚をそうしてしまったのも業界である。しかも、非常に重要なことは、「刺身をゆでて食べる」ような風味の失われた飲み方の問題だけでなく、超高温殺菌によって、(1)ビタミン類が最大20%失われる、(2)有用な微生物が死滅する、(3)タンパク質の変性によりカルシウムが吸収されにくくなる、等の栄養面の問題が指摘されていることである。定説にはなっていなくとも、可能性のある指摘については、消費者の健康を第一に、もう一度、この国の牛乳のあり方を考え直してみる姿勢が必要ではないかと思われる。

2) 環境にも牛にも人にも優しい酪農経営で消費者と一体化
 乳業だけの努力ではなく、酪農家も、環境にも牛にも人にも優しい経営を実践せずにはおれない状況だということを認識する必要がある。日本の農地が適正に循環できる窒素の限界は123万トンなのに、その2倍近い234万トンの食料由来の窒素が環境に排出されている。そのうち80万トンが畜産からであり、一番の主役である。過剰な窒素は、大気中に排出されて酸性雨や地球温暖化の原因となるほか、硝酸態窒素の形で地下水に蓄積されるか、野菜や牧草に過剰に吸い上げられる。そして、その硝酸態窒素の多い水や野菜によって幼児の酸欠症や発ガンリスクが高まるといった形で人間の健康に深刻な影響を及ぼす可能性が指摘されている。糖尿病、アトピーとの因果関係も不安視されている。世界保健機関(WHO)に基づく窒素の一日許容摂取量(ADI)に対する日本人の実際の摂取比率は、かなりの窒素摂取過多傾向を示している。
 このような数値を直視すると、草地依存型,資源循環型の酪農を推進することが、我が国の窒素需給を改善し,健全な国土環境を取り戻し,国民の健康を維持するために,酪農経営者にとっていかに喫緊の課題かということがよくわかる。それは狭義の効率性に基づく増産一辺倒路線を考え直すことにもなり、消費の回復と生産抑制の両面から需給を改善する。
 減産計画というのは,担い手の意欲を削ぎ,最適規模での生産を歪め,競争力の強化に逆行する側面が強い。減産計画が一律的であるほど,当然その弊害は強くなる。しかし,視点を変えて,減産計画を消極的に捉えるのではなく,いまこそ酪農経営が環境や資源循環に果たす役割の自覚を強め,環境にも牛にも人にも優しい経営を追求する契機として,減産に積極的な意味を見出すことも可能ではないかと考えられる。この点は、もう少し詳しく数字を見ておこう。

[1]我が国の窒素需給
 まず、日本の窒素需給がいかなる現状にあるかを検討することにしよう。表1は、我が国の食料に関連する窒素需給の変遷をまとめたものである。データ上の最新年の1997年でみると、まず、日本のフードシステムに入ってくる食料・飼料の窒素重量は、輸入が約120万トン、国産が約50万トンで、合計170万トン程度である。近年は頭打ち傾向にあるが、長期的には輸入の増加により窒素の流入総量が増加してきている。日本のフードシステムから海外に出て行く窒素は輸出が少ないので微々たるものである。
 日本のフードシステムに入ってくる国産・輸入の食料・飼料の窒素は、主要な経路は食生活と畜産業、つまり、人間の屎尿及び生ゴミと家畜糞尿として環境に排出される。その量は、1997年で、屎尿及び生ゴミが60万トン強、家畜糞尿等が80万トン程度を主として全体で170万トン弱であり、これは国産・輸入の食料・飼料として日本のフードシステムに入ってきた量にほぼ近い量が最終的に環境に排出されていることを示している(詳細な窒素のフローは図1参照)。これに、圃場に残された作物残さ約20万トンと作物生産に使われた化学肥料約50万トンを加えた環境への窒素供給総量は、1997年には約240万トン弱である。
 一方で、日本の農地面積が漸減傾向にあるので、それに農地 1ha当たりの窒素需要限度量といわれる250kgをかけて算出される日本の農地の受入可能な窒素需要量は、1982年の136万トンから1997年の124万トンに減少している。このため、仮に農地ですべての窒素を受け入れるとした場合の我が国の窒素需給の過剰率は、1982年においても、すでに75.7%と大きく、1997年は92.3%の高水準にある。つまり、農地で受入可能な適正量の2倍近い窒素が環境に排出されていることになる。

表1 我が国の食料に関連する窒素需給の変遷
1982 1997
日本のフードシステムへの窒素流入 輸入食・飼料 千トン 847 1,212
国内生産食・飼料 千トン 633 510
流入計 千トン 1,480 1,722
日本のフードシステムからの窒素流出 輸出 千トン 27 9
日本の環境への窒素供給 輸入食・飼料 千トン 10 33
国内生産食・飼料 千トン 40 41
食生活 千トン 579 643
加工業 千トン 130 154
畜産業 千トン 712 802
穀類保管 千トン 3 3
小計 千トン 1,474 1,676
化学肥料 千トン 683 494
作物残さ 千トン 226 209
窒素供給計(A) 千トン 2,383 2,379
日本の農地の窒素適正需要 農地面積 千 ha 5,426 4,949
ha 当たり適正需要 kg/ha 250 250
窒素適正需要計(B) 千トン 1,356.50 1,237.30
窒素総供給 / 農地受入限界比率 A / B 175.7 192.3

資料:織田健次郎「我が国の食料供給システムにおける1980年代以降の窒素収支の変遷」農業環境技術研究所『農業環境研究成果情報』,2004年に基づき,筆者作成。鈴木宣弘『食料の海外依存と環境負荷と循環農業』筑波書房,2005年参照。

図1 我が国の農業生産システムにおける窒素のフロー
(単位:千トンN,1997年)
出所:農業環境技術研究所『わが国の食料供給システムにおける窒素収支の変遷』,2003年

[2]硝酸態窒素の蓄積と健康への不安
 これだけの窒素の供給過剰が続き、長期的には過剰率が高まっている中で、過剰な窒素は、硝酸態窒素の形で地下水に蓄積されるか、野菜等に過剰に吸い上げられることになる。そういう野菜や水を摂取すると、
 1)酸欠で乳児死亡の危険(欧米では「ブルーベビー」として恐れられる)
 2)消化器系ガンの発症リスクの高まり
 が、人の健康に直結する問題として指摘されている。この他にも、インシュリン依存性糖尿病、アトピー性皮膚炎との因果関係も疑われている。

a) 乳児への影響
 胃酸が少ない乳児の場合、硝酸態窒素が亜硝酸に還元されてヘモグロビンと結合して、酸素運搬機能を失ったメトヘモグロビンになり、酸欠症状を起こして死亡する危険がある。欧米では、30年以上前からブルーベビー事件として大問題になった。実は、日本でも、死亡事故には至らなかったが、硝酸態窒素濃度の高い井戸水を沸かして溶いた粉ミルクで乳児が重度の酸欠症状に陥った例が報告されている(小児科臨床1996)。乳児の突然死の何割かは、実はこれではなかったかとも疑われ始めている。酸欠症に関しては、成人には普通大きな問題はないが、牛は胃酸が少ないので、人間の乳児と同じ危険があり、硝酸態窒素が過剰な牧草により乳牛が死亡する事故は日本でも報告されている(年平均100頭程度という統計もある。西尾道徳『農業と環境汚染』農山漁村文化協会、2005年参照)。

b)成人への影響
 人間の成人については、硝酸態窒素が消化管の中で変化してできるニトロソアミンという発ガン性物質が問題視されている。日常的に硝酸態窒素の摂取が継続した場合、消化器系のガンになる確率が高まるのではないかというのである。英国では、因果関係を示すデータがある。

c)水への対策
 水については、一応ヨーロッパ並みの10mg/l という基準値が1999年に導入された。環境省では、毎年大規模な全国的な地下水の水質調査を実施しており、全国の井戸の5〜6%が基準値を超えている。この結果は、どの地域の井戸が基準値を超えているかは公表せず、全国で何%が基準値を超えたという結果だけが公表されている。基準値を超えている地域には、個別に、井戸水を飲まないよう、保健所を通じて指導がなされている。水道水については、かりに基準値を超えていれば供給できないので、現在供給されている水道水は大丈夫のはずということになるが、実際には、そうでもないというデータも出てきている。

d)野菜への対策
 野菜については、ヨーロッパでは、国や季節による幅はあるものの、おおむね2,500 mg/kg (ppm) の基準値が設定されているが、日本では、野菜の硝酸態窒素と乳児の酸欠症や発ガン性との因果関係は、あくまで一部の見解とされ、まだ基準値はない。メトヘモグロビン血症の存在は明らかである点や水についての対応との整合性から気にかかる対応である。こうした中で、ヨーロッパ基準でみると、日本の野菜には基準値を超えるものがけっこうあることが指摘されている(平均値で、ほうれんそう3,560ppm、サラダ菜5.360ppm、春菊4,410ppm、ターツァイ5,670ppm)。

e)日本人は窒素摂取過多
 こうした現状の結果として、日本人は窒素を摂りすぎている可能性がデータに示されている。表1は、世界保健機関(WHO)に基づく窒素の一日許容摂取量(ADI)に対する日本人の実際の摂取比率であるが、幼児では2倍、小中学生で6割超過、成人で33%超過というように、かなりの窒素摂取過多傾向が明らかになっている。

表2 世界保健機関の一日当たり許容摂取量(ADI)に対する日本人の年齢別窒素摂取量
  1 〜 6 歳
体重 15.9 s
7 〜 14 歳
体重 37.1 s
15 〜 19 歳
体重 56.3 s
20 〜 64 歳
体重 58.7 s
65 歳以上
体重 53.2 s
摂取量 (mg) 129 220 239 289 253
対 ADI 比 (%) 218.5 160.1 114.8 133.1 128.4
(注)硝酸態窒素のADI=3.7mg/日/kg体重(硝酸イオンとして)
出所: 農林水産省ホームページ。

[3]何が必要か−循環型酪農
 このような窒素過剰の進行の中で,図1から明らかなとおり,その主役的存在として畜産業があることを我々は自覚せざるを得ない。データは食料と飼料が区分されていないが,多くの飼料を輸入し,それが家畜糞尿等として80万トンという窒素供給の主役になっている。
 我が国の窒素需給を改善し、健全な国土環境を取り戻し、国民の健康を維持するには、 図1からもわかるように、
 1)食料への依存をこれ以上高めない努力、
 2)現在、環境に廃棄されている未利用資源(家畜糞尿,食品加工残さ,生ゴミ,作物残さ,草資源等)を肥料や飼料や燃料として利用する割合を高め、循環型農業を推進することにより、輸入飼料や化学肥料を減らすこと、
 が不可欠といえよう。
 つまり,草地依存型,資源循環型の酪農を推進することは,我が国の窒素需給を改善し,健全な国土環境を取り戻し,国民の健康を維持するために,酪農経営者が今一度問い直さねばならない大きな使命なのである。

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